8.暴走王女は歩く人災でした
―死ぬ思いで来たのに、いきなり娘をぶん殴る母親ってなんだろう。
母・エルシアーナからの右アッパーを喰らい、弧を描いて、宙を舞うファルティナの瞳に見えたのは、どこまで澄み渡った青い空。
時間を少しさかのぼる。
クランの仲間(と思っているのは、ファルティナだけ)である『
普通なら、ここでズタボロになっている娘を労わるのが母なのだろうが、エルシアーナは普通の母親ではない。言っておくが、娘に愛情がないわけではない。
ただ、問題ばかり起こし、歩く人災という不名誉な二つ名を持つ娘・ファルティナを甘やかしてはならないというのが、エルシアーナの教育方針なだけである。
そんなわけで、やっとたどり着いたファルティナには目もくれず、多大な迷惑をかけたであろう
「娘がご迷惑をお掛けしました。この子ときたら、周りの迷惑も考えず、大暴れが好きで、どれほどの損害を与えるかなんて考えもしませんから、さぞかし皆様にご心労をお掛けしましたでしょう?」
「いえいえ、今回はクランマスターのご命令もありましたから、ずいぶん大人しかったですよ。エルシアーナ側妃殿下」
「あら、そうでしたか。ですが、皆様への精神的な負担を考えますと、今回の依頼料……いえ、慰謝料は白金貨五枚では安いと思いまして、心ばかりですが、少々色を付けさせていただきました。どうぞお収めになってくださいませ」
では、遠慮なくと爽やかに笑って、かなりの重みがある革袋を受け取るウスイに軽く殺意を覚えるファルティナだったが、ここで母を怒らせるのは得策でないことは骨身に染みて分かっている。
だが、それ以上に腹が立ったのは父王・アルフレードと叔父たちだ。
火鷹のメンバーである
しかも、異母兄のアルスフォードとその側近まで、ソウゲツに言葉をかけているから余計に怒りが増す。
完全な蚊帳の外に置かれて、黙っているほどファルティナが大人しくないのは言うまでもなく、キレるのもごく当然の流れだった。
「娘が可愛くないのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!鬼親!鬼兄!!」
怒りで立ち上がり、怒鳴るファルティナ。
こうなるのは、想定内なので両親に叔父たち、さらにアルスフォードたちも放置は決定事項。毎度のことながらからかわれているのに気づかないものか、と一瞬思うアルスフォードだったが、今回はその怒りに油―いや、火薬をぶち込んでくれた人物の登場で事態は厄介なことになった。
「まぁぁぁぁぁぁぁっ!!ご自分のご両親とお
とことん空気を読まない、かなりズレた怒りの声を上げたのは、無駄な飾りを一切つけない白いドレスを纏った一人の少女。
たった今、ここへ着いたのか、彼女の背後には旅用の大型馬車が止まっており、その背後では、哀れなほど青ざめ切った侍女たちがおろおろしていた。
「なんだ、お前」
キレているので、礼儀も何もない。というか、一応、ファルティナも王族なので、見ず知らずの、しかも平民らしい少女にいきなり非難されるいわれはない。
「
額にビキッと青筋が立ったのがはっきりと分かる。吹き出す寸前だった火鷹のメンバーもファルティナの怒りを感じ取り、一瞬にして後ずさり、アルスフォードたちも即座にその場を離れる。
滔々と親への感謝と周囲への慈悲と慈愛を説いてくれるキャスリンの一言一言がファルティナの神経を逆なでにしていく。
キャスリンの言葉は全てが薄っぺらく、単なる自己中心的な考えに満ちた献身とどこまでもおめでたい理想に満ちた思想―お花畑だ。
はっきり言って、ファルティナはそういった人種が大っ嫌いだ。もちろん、真摯に説諭する聖職者には敬意を表しているが、目の前で現実離れをした言葉を並べるキャスリンは敵でしかない。
―
ファルティナの本能が最大レベルの警告を発する。同時に、身体が自然に動いていた。
重ねて言おう。本能的に身体が動いていたのだから、ある意味では仕方がなかった。
「やかましいわっ!!クソガキっ!!」
キャスリンの立場や身分なんて頭にない。ただ、こいつを排除しないと、確実にヤバいと思っただけだ。
突き出した右の手のひらから描かれたのは火炎系魔法の中でも最上級クラスに位置する『
問答無用にぶちかまされたそれは、キャスリンを一瞬にして炎の柱とし、白いドレスを無惨なボロキレへと変え、軽く焼け焦げさせ、全身に大やけどを負わせていた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
先ほどまでの清楚な姿はみじんもなく、激痛で転げまわるキャスリン。しかも、綺麗なストレートの髪は見事に爆発し、あちこちが焼け焦げと化していた。
のたうち回るキャスリンをふん、と一瞥するファルティナの顎を鋭い右アッパーがえぐりこむ。
痛みを感じるよりも先に、ファルティナの身体は見事に宙を舞った。
殴られた瞬間、呆れ返った父王とアルスフォードたち。そして、艶やかに微笑みながらも青筋を額に走らせた母・エルシアーナが見えた。
そして冒頭に戻るわけである。
見事な側妃・エルシアーナの拳で吹っ飛んだファルティナが地面に叩きつけられ、数度痙攣して動かなくなるのを、外交公邸の屋根から見ていた黒い長髪の青年は若干ドン引きしながらも、母娘を見て、やはり親子だな、と思う。
ただ、その瞳が捕えていたのは、のたうち回るルベールのバカーもとい、聖女とされる少女・キャスリンだ。
慌てふためくルベールの侍女たちやシュレイセの治癒魔法師が彼女の手当てを始めている。
「レティアたちに良い土産話になりそうだな」
今見たことを話せば、仲間である彼女たちはどんな反応を返すのか、楽しみに思う。
小さく口元で印を結び、
すでに見えない戦いは始まっていることに、ファルティナだけでなく、ここに集う諸王国もまだ気づいていなかった。
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