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 大講堂の混乱は突如、乱入してきた神極と火極によって、一気に収束し始める。

 やけくそとばかりに剣を振るい、周囲の生徒だけでなく、自分の仲間さえも傷つける傭兵の懐に飛び込むが否や、そのみぞおちに剣を突き立て、一撃で仕留める神極。

 剣を腰に差して、短剣を両手に持った火極は刃に炎を纏わせ、数十人の傭兵たちを切り捨てる。燃え上がる傭兵だった者たちは一瞬にして灰と化していく。

 無駄どころか一部の隙もない連携は息を合わせているのではなく、ごく自然に動いている。互いが互いの動きや思考を分かり切っている。

 これが大陸最強と言わしめる、卓越した暗殺者アサシンの技術にファルティナも息を飲み、魅入ってしまう。

「実力が違うな。うちのパーティーが敵うわけない。……さて、弟よ。そろそろ敗北を認めろ。今なら温情も。」

「バカを言うな、ファルティナ王女。こいつには聞きたいことがある。」

 圧倒的な戦力差をひっくり返され、腰を抜かしたあげく、漏らしているバカクリストフをからかいまじりに話しかけたファルティナを神極が鋭く制し、壇上へと飛び上がる。

「おおおおおお前、なんなんだっ!!俺は……」

「質問に答えろ、クソガキ。謹慎処分食らったお前に甲斐甲斐しく仕えていたはどこにいる?」

 唐突な質問に、ファルティナは首を傾げ、残りの傭兵たちを片付けた火極に蹴り飛ばされて意識が戻ったリヒトとヴォルフも何の話なのか、ついていけない。

「王女殿下っ!!全生徒の退避は完了しました。けが人は治療師に見ていただいておりますが、死人はおりません!」

 奇妙な沈黙を破ったのは、学園を守る衛兵隊の隊長。そして、彼に率いられた衛兵隊三十名が突入してくる。

 それを見た瞬間、エリナは全てが終わったことを悟る。クリストフやリヒトたちは反逆者として、王子位や爵位を全て失う。散々、甘い汁を吸ってきた自分もタダではすまないだろう。

 こうなったらもうクリストフたちに用はない。幸い、襲撃者である神極と火極はエリナに注意を払っていない。逃げるなら今だ、と思い、ゆっくりと後ずさりながら、舞台袖に逃げた。

「っ!!バカ!動くなっ!!」

 気づかれていないわけがなく、エリナが動いた途端に火極は焦った声で叫ぶ。

 逃げられたからではない。命がヤバいと思ったから、制止した。それだけだったが、エリナは真の意味に気づかない。

 悔しげだが、逃げ切れるという余裕の混じった笑みを浮かべ、舞台袖に逃げ込んだエリナだったが、それが間違いだったことに気づくのは一瞬遅かった。

 袖に踏み込んだ瞬間、両手両足、そして首に何か細い糸のようなものが巻き付く。

何が起こったのか、分からない。その瞬間、首筋が急速に締め上げられ、真後ろに向かって捻じ曲げられる。

 激痛と共に目の前が真っ赤に染まりかけた瞬間、ザンッという風切り音が響き、絞めつけていたそれが断ち切られる。

 激しくむせ、その場に崩れ落ちるエリナだったが、誰かが小さく肩をすくめて歩いてくるのが見えた。

「やれやれ、どこまでも邪魔する気ですか?『七星』神極、火極。」

「やはり貴様か……『絶界』の『人形遣いマリオネットマスター』。相変わらず胸糞の悪いやり口だな。」

 現れたのは、執事服をきっちりと着込んだ銀髪に赤い目の美丈夫。嘘くさい笑顔を張り付けた男に火極は嫌悪感を隠さず、神極は剣の切っ先をクリストフバカ王子に突き付けたまま、視線をそらさない。

「いつからお気づきでしたか?これでも分からないようにしていたのですけれど?」

「メルベイア王国で政変が起こった。王家やそれに連なる者、高位の貴族たちが処刑された。で、だ。」

 神極が告げた事実に、気を失いかけていたエリナは悲鳴を上げ、半狂乱に陥った。自分の拠り所だった母の故国で政変、しかも王家やそれに連なる者たちが全員処刑されたなど信じたくなかった。

「意外と脆かったですね、あの国は。けれど、一部は生き残ったんですね~相変わらず邪魔をしてくれる。」

「言ってくれる。王家の中でただ一人まともだった第六王女がウィンレンドに亡命してこなければ、気づくのが遅れたよ。もののついでに、シュレイセに手を出したんだろうが。」

 心から楽しんでいる様子の執事に神極は嫌悪感を隠さない。相変わらずこいつらはろくでもない連中だと改めて思う。

 「ちょっと待て、今、『絶界』って言ったか?西の諸王国のみならず東の帝国、沿岸諸国連合―グラン大陸全土から最重要手配犯で超S級犯罪者集団か!!?」

 状況を飲み込めたファルティナはざっと青ざめる。

 噂に聞いたことがある超S級犯罪者集団『絶界』。彼らにかかれば、国一つなど簡単に滅ぼされると言われた集団で、事実、この数年の間にいくつもの小国が破滅させてきた。

 その背後に『絶界』がいると気づくのは、その国が破滅してからだ。帝国でも名うてのクランが総力を決しても追い詰めることができず、逃げられてきた。そして、その暴挙を止められるのは、大陸でもただ一つ。『七星』以外いない。

「ふざけんなっ!!クリストフ!お前、なんて連中、引き込んでくれたんだよ!!」

 恋愛お花畑で王太子僭称がかわいく見えるほど、桁外れにヤバい状況だ。

 『七星』が介入してくれなかったら、シュレイセ王国は間違いなく破滅に追い込まれていた。

「だ、黙れ!!その執事は俺に忠実で、献身的に仕えていただけだ!!母上やおじい様だって、こいつは信頼できる、と」

「現に破滅させられただろうがっ!バカ王子。『人形遣いこいつ』はそうやって、扱いやすい手駒に近づいて操ってんだよ。俺たちもこいつがいなきゃ、お前をぶん殴って終わらせるだけだったのに……ふざけんなっ!!」

 言い訳をのたまうクリストフを怒鳴りつけて黙らせる火極。いつでも仕掛けられるように警戒を解くことはない。

「火極、こいつらのこと任せる。」

 クリストフから切っ先を外し、神極は凍てつくような殺気を発し、人形遣いマリオネットマスターと対峙する。

「こいつには貸しがある。数倍にしてやらないと気が済まない。」

「ご冗談を。あなたにどれだけやられてきたと思うんです?お陰で、首領からかなりお叱りを受けましたから。」

「だったら、話は早い。ケリをつけてやる。」

 言うが早いか、両者がともに地を蹴り、ぶつかり合う。

 後にシュレイセ騒動と呼ばれた騒動の最終局面である最強対最恐の激突の幕はこうして上がったのだった。

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