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 決定的な発言に崩れ落ちるリヒトに対し、クリストフはまだ信じられなかった。いや、信じなかった。

 姉が言っていることはデタラメだ。我らになどいない。何より、母・ソフィーヌは正妃だ。ファルティナの母であるエルシアーナのような側妃ではない。

 自分はこのシュレイセ王国国王アルフレードのだ。そうでないはずがない。

 けれど、他の生徒たちの憐みのこもった視線に息が詰まっていく。

 ナジェル辺境伯・アルスフォードとは誰だ?

 母・ソフィーヌも祖父・マグクール侯爵も、自分こそが王太子だ、と言っていたのに、姉や他の者たちはそうではないのか。

 揺らぐ自信に、ファルティナは大きく嘆息した。世間知らずにも程がある。そう目で言っている。

「クリストフ。お前、小さい時から王宮の行事とか全然出てなかったから知らずにいたんだな。私たちには正妃・セレスティーナ様のご子息である兄・アルスフォードがいる。あの人、若干天然なところあるけど、三年前に王太子の称号を得て、ナジェルに赴任したんだよ。」

 まさか、実の兄の存在を知らないなどあり得ないが、こいつの母親であるソフィーヌと祖父・マグクール侯爵ならありうる。

 ソフィーヌが住む離宮以外の世界を知らず、お前は王太子だと言われ続ければ、歪みもするが、王宮を飛び出す前のファルティナが散々教えてやったのに、忘れるなど……かなり生意気だ。

 一回ぶん殴っても文句は言われまい。クランマスターもクリストフに現実を受け入れさせろ、と命じている。それくらいは許されるはずだ。

「クリストフ、どう転んでもお前は王太子になれないし、王位継承権はない。これ以上の王太子僭称は反逆罪とみなす……ってことで、お前のこと、全力でぶん殴る!返答はいらんな!」

 宣言するなり、嬉々として拳を振りかざして、壇上に飛び乗るファルティナにクリストフは血走った目でこちらをにらみ返してきた。

「ふざけるな!!俺こそが正当な王太子だ!次期国王だっ!!簒奪者はお前たちだ!!」

 殴り飛ばすのをやめ、少し離れたところに着地したファルティナは正気を失い、狂気に走ったクリストフに頬を引きつらせる。

 世間知らずの箱入りバカが何をとち狂った。簒奪者はクリストフの方だ。

 狂気に駆られたバカほど手が付けられないが、取り敢えず、ぶん殴って正気に戻そう。

 一気に殴りかかろうとしたファルティナを無視し、クリストフは大音声で叫ぶ。

「王太子に対する不敬罪だ!反逆罪だ!こいつら、全員を切り捨てろ!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁈お前、何言ってんだよ!」

 状況を飲み込めないファルティナの後方、大講堂のドアが大きく開け放たれ、武装した集団が雪崩れ込んできた。

 その武装集団が付けている鎧の胸に刻まれた刻印と数人の顔にファルティナは覚えがあり、瞬時に生徒会メンバー、いや、全生徒に向かって叫ぶ。

「逃げろ!こいつら、メルベイア王国の傭兵団だっ!」

-メルベイア王国の傭兵団。西の諸王国のみならず、東の帝国でも評判の悪い連中で、大金を積めばどんな非道な真似であろうと平気で働く集団だ。

 昔、ファルティナが率いていたパーティー『オウガ』とも衝突し、周囲に甚大な被害を与えた。その一件で、ファルティナは更に悪名を高めてしまい、諸王国の全ギルドから恨まれる一因となった。

 そんな連中を雇い、学園の生徒たちを襲わせるなど正気の沙汰ではない。

 既にクリストフは反逆者だ。王位どころか、処刑されるほどの大罪を犯した。

 悲鳴を上げて逃げ惑う全生徒たちを守り、逃がすには手が足りない。護衛の衛兵隊は外で争っているらしく、怒号が飛び交っている。

「どれだけ雇ったんだよ!お前は!!」

「うるさい!王太子の俺に逆らったんだ!万死に値する!」

「殿下!さすがにまずいです!!罪なき生徒たちに危害を加えれば、我らは大罪人です!」

「バカか!既に大罪人だよ、お前ら!」

 目の前で繰り広げる惨劇にリヒトは狂ったクリストフに縋ってやめさせようとするが、その行為がファルティナを苛立たせる。

 壇上から飛び降り、逃げる女子生徒の髪を掴み、斬りかかろうとする傭兵を殴り飛ばし、その剣を奪うと、傭兵たちに斬りかかっていく。

 目に止まる範囲で、生徒たちを守り、裏口から外へ逃がすファルティナ。

 必死で逃げ惑い、外へ飛び出した低学年の男子生徒の無防備な背に、血に酔い、残虐な笑みを浮かべた傭兵が容赦なく剣を突き立てようとする。

 女子生徒の悲鳴が轟き、クリストフの狂気に満ちた笑い声が響く。

 状況に気づき、駆け寄ろうとするファルティナと衛兵隊の一部が駆け寄ろうとするが、間に合わないーかに見えたその瞬間、傭兵の腕がキレイに飛ばされる。

 弧を描いて、宙を舞った腕はごとりと床に転がった。同時に、腕を切られた傭兵の絶叫が響く。

「派手にやってくれるな〜クリストフ元王子。」

「武装もしていない一般人の生徒たちを惨殺するとか、まともじゃない。」

 軽々と腕を切り飛ばしたのは、小柄な少年。黒のジャケットにズボン。装備らしいものはしていないのに、全く隙のなく、傭兵たちも動けない。

 白い影がゆらりと、通り過ぎると、近くにいた傭兵たちが音もなく、倒れ伏していく。

 ミスリル製だろうか、鈍い銀に輝く長剣を手にした同じく黒のジャケットにズボン姿の、少し背の高い少年が立っていた。

「早く逃げろ。外の傭兵もほとんど倒したし、衛兵隊が保護してくれる。」

「な、なんだっ!テメ……」

 場違いなまでに静かな口調の少年に傭兵の一人がいきりたち、怒鳴ろうとしたが、その顔を見た瞬間、青ざめた。

 それだけではない。他の傭兵たちも彼らの顔を見て、悲鳴を上げて、外へと逃げ出す。

「何をしている!バカ者!!いくら払ったと思っている!たかが二人、さっさと」

「ふ、ふざけんな!『七星』火極と神極なんて相手にできるか!!」

「そうだ!こいつら相手なんて、命がいくつあっても足らねーよ!」

 たった二人の加勢に恐怖し、逃げ出す傭兵たちにキレて怒鳴るクリストフに傭兵たちは割に合わない、命あっての物だねだ、と叫び、生徒たちを放って逃げ出して行く。

「うん、賢い選択だな〜俺たちも逃げる奴に興味ないし?」

 振り向いたその顔には、紅の宝玉が嵌められた黒の半仮面。そして、もう一人は金の縁取りの白の半仮面をつけていた。

「な、なんだ?貴様らは!」

「無知もここまで来ると、憐れだな。その頭は飾りものか?」

 辛辣な白の半仮面・神極の言葉にクリストフは一瞬にして真っ赤に顔を染めるが、リヒトやヴォルフ、アイセンだけでなくファルティナも恐怖に青ざめる。

 シャルーナのギルド『戦いの足跡』が誇る、大陸最強のパーティー『七星』。それが二人もいることが何を意味するか、よく分かっていた。

「裁きの時間だ。楽に終わると思うなよ。」

 神極の宣告に残っていた傭兵たちが恐怖し、自らの終わりを覚悟した。

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