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「大バカ野郎!!何考えてやがる!!」

 ファルティナの怒鳴り声が落ち、リヒトとヴォルフは身を震わせる。

 生徒会のメンバー、特に少しだけ顔を出したヴィオーラも蔑みの目で二人を睨み、一言も声をかけない。

「本当にバカかっ!リヒト。シュレイセを滅ぼす気かっ?!お前ら!」

「た、ただ一国の留学生で我が国が滅ぼされるわけが……」

「あるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!あいつら―レーティスとアーシェイルはウィンレンドの中でも一番厄介なシャルーナから来てんだよ。シェーナが領主やってるところから、だ!」

 現実逃避をしているのかは知らないが、そんなの関係ない。

 ファルティナは真っ白な顔をしているリヒトの胸倉をつかみ、激しく前後に揺さぶる。その表情は珍しく半泣きに近い。

 シャルーナと事を構えるな。これは帝国の全クランに厳命されている最重要項目だ。あの領地と争ったら、徹底的に叩きのめされ、根こそぎ奪いつくされる。

 特に現領主・シェーナは父王・アルフレードどころか、叔父たちに宰相、更には議会でさえ怯える恐怖の女王だ。ファルティナも一度対面したことがあるが、は厄災だ。歩く人災などと呼ばれてる自分なんて可愛く思えるほどの恐怖の権化。

 自分が率いていたパーティー『オウガ』の一部が盗賊退治で暴走し、シャルーナの幼い子にかすり傷を負わせてしまった際、シャルーナ軍の一個師団に目を付けられ、三週間以上のゲリラ戦に持ち込まれ、ファルティナと幹部の仲間がぼこぼこにされた後、土下座して許しを請うた。

 その時の高らかに気持ちよく笑う、一見、幼児にしか見えないシェーナがそれはそれは恐ろしかった。

 そんな奴のところの留学生にケンカを売ったなんて世間知らずではない。命知らずだ。あの女領主が本気になれば、それこそシュレイセの命運は風前の灯になる。

本気マジでふざけんなっ!!お前らがやったことは立派な法律違反なんだよ。どうすんだよっ!私がやらかしたことよりも、遥かにヤバいんだよぉぉぉぉぉぉ!!」

「「「会長!ファルティナ様、落ち着いて!!」」」

「殿下が取り乱されるのも無理はありませんわ。あのウィンレンドのシャルーナにこのような仕打ちをする命知らず……蛮勇以外、なにものでもありませんわ。」

 ブチ切れして激しく取り乱すファルティナをリヒトから引きがして、落ち着かせるメンバーを横目で見ながら、ヴィオーラは大げさに嘆息する。

 その態度に不機嫌な表情を見せるリヒトとヴォルフだが、それ以上に蔑んだヴィオーラの表情に何も言えず、黙り込む。

「ただの留学生が王太子に逆らうなんてありえない話だ。父上にも」

「宰相閣下が卒倒されますわ。ヴォルフ様。」

「もういい!ヴィオーラ、急ぎコルディット侯爵に伝えてくれ。このバカ二人は旧学園寮に幽閉する。議会に働きかけて、善後策をお願いしたい。でなきゃ、私の時よりもたちが悪いことになる!」

「まぁ、ご自覚はあったのですね。ファルティナ様。」

「あるよ!それくらい!!ついでだ、クリスたちも幽閉しとけ!!ぜってー父上たちに怒られるぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 ヴィオーラに小さく笑われようと、ファルティナしてみれば、今回の一件は重大事件だという自覚はある。

 あの恐怖の女王様に面と向かって戦うな。戦ったら、即、クラン追放だからなっ、と言われているのに、ふざけんなぁぁぁぁぁ、と叫ぶファルティナの声が学園中に木霊した。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ~めっちゃくちゃ笑えるぅ~」

「いい笑顔だね~レティア。」

「だってさ~あの歩く人災が頭抱えて絶叫する姿を見れるなんて、レアすぎる。楽しいわぁぁぁぁ」

 使い魔を使い、生徒会室での状況を見ていたが、これ以上に愉快なことはないとばかりに良い笑顔をするレティアにアシェは肩をすくめる。

 今まで、どれだけ苦労させられたんだか分からないが、まぁ、積年の恨みが少しだけ晴れたってところだな、とアシェは思う。

 暴走王女のせいで、散々苦労させられてきたレティアにしてみれば、この状況はめっちゃくちゃ楽しいに決まっている。ただ、状況としては、ものすごい問題になってる。

 はっきり言って、国際問題に発展した。

 訳の分からないクリストフは頭に来たのか、王宮に抗議に行くが、速攻追い返されただけでなく、その場で拘束された。駆け付けた母・ソフィーヌが抗議したが、逆に離宮へ押し込められる始末。

 状況を全く理解していないクリストフの行動とコルディット侯爵からの報告に議会は青ざめ、その場でウィンレンド連邦共和国大使の元にはせ参じて、謝罪しただけなく、アルフレードもシャルーナに正式な使者を送って、クリストフたちの非礼に対し、謝罪する大問題に発展した。

「模擬戦に留学生を入れないことは当然の常識です。王子の側近がそれを破るなど、前代未聞ですぞ!どう責任を取られるつもりですか!!」

「俺は知らん。リヒトとヴォルフが勝手にやったことだ。そのせいで俺も幽閉されているのだぞ?エリナまで幽閉されるなんて……彼女は大丈夫……」

「お前の頭、沸いてるのかぁぁぁぁぁっ!!本気マジふざけんなっ!幽閉処分は父上からの命令だからな!あの男爵令嬢バカも一因だとみなしてんだよっ!そもそもお前があんな女に引っ掛かるのが問題なんだよ!」

 学園での取り調べで、怒り心頭のロズウォールにクリストフは開き直っただけでなく、幽閉され、引き離されたエリナの心配をする始末にファルティナが大激怒した。

 それぞれ正式な婚約者がいる身でありながら、あんな尻軽女にハマった弟たちがバカすぎて、どつき倒したい気持ちをどうにか抑え込む。

 やれば、即座にクラン追放だけでなく、今度こそ間違いなく父に無一文で追い出される。それだけは絶対に避けたい。どうにか収めないと、自分の身が危ない。いや、それ以上に本気になったシェーナが『七星』を送り込んだら、ただでは済まない。

「もういい。父上からの指示かあるまで幽閉処分に変わりはない。自分のことは自分で面倒を見ろ。侍女も執事もなしで生活しとけ。食事だけは入れてやるけど、見張りの衛兵がつくからな。」

「大人しく反省されよ。いいですな。」

 ブチ切れしたファルティナと普段、温厚なロズウォールの怒りに押され、クリストフは衛兵たちに手荒く部屋に押し込まれ、ドアにカギをかけられて閉じ込められる。

 やれることは全てやった。あとはウィンレンドーいや、シェーナがどう動くかが問題だった。

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