16
レティアとアシェに学園に転入してひと月が過ぎ、幸か不幸か、ファルティナのおかげで平穏な学園生活を送れていた。ただし、表向きには。
クリストフが取り巻き連れて、生徒会に復帰させろだの、ファルティナを追放しろだの、挙げ句の果てに学園長以下教師陣を辞めさせろ。よくもまあ思いつくほど騒ぎまくったが、全て無駄に終わった。
「そんな要求、通るわけねーだろーが!少しは考えろ!」
自分のやらかしたことはともかく、ファルティナから見てもクリストフの要求がムチャ過ぎた。故に却下したのが、まるっきり分かっていないクリストフの怒りに火をつけた。
「姉上!エリナに何をした!!」
「だから、生徒会室に無断入室するな!クリスとおつきども。お前ら全員出入り禁止にされたの忘れたか!」
真性のバカだ。
ファルティナが鼻で笑い飛ばせば、クリストフは顔を真っ赤にさせて怒り狂うが知ったことではない。
「あの
「彼女は俺の婚約者だ!次期王妃だ。ふさわしい場所を与えて何が悪い!」
「はぁ?!お前、本当にバカだな。あの娘は王妃になれないよ。ついでに、お前の婚約者は釣り合い取れないけど、ヴィオーラ侯爵令嬢でしょーが!とうとう頭が沸いたか?」
訳の分からない理屈を捏ねる弟にファルティナは呆れ返った。ふざけているにしては、目が本気でドン引きする。
一方のクリストフは暴走王女の二つ名を持つ姉にコケにされたことが屈辱だったのか、怒声に罵声を浴びせるが、ファルティナが怯むわけもない。
いくつかの修羅場をくぐり抜けたファルティナにしてみれば、箱入り軟弱男のクリストフたちなど恐れるはずがない。
「王女殿下!いくら姉君であるとはいえ、王太子殿下に対し……」
「リヒト。お前もいい加減にしろ。リムス公の叔父上が呆れてるって聞いたぞ。何度も言うが、クリスは王太子じゃない。そんなだから、兄のアーヴェルからバカ呼ばわりされるんだよ。」
アイセンとヴォルフも勘当されるぞ、とファルティナにしては珍しく忠告してみるが、全く通用せず、悔しげに唇を嚙んで睨んでくるだけだ。
「分かったら出ていけ。お前らの世話するほどヒマじゃないだよ。」
面倒になったので、右手で追い払うファルティナに生徒会メンバーは心のうちで拍手喝采を送る。
さすがは王女。暴走とか人災とか言われるが、大陸に名を轟かせた一大パーティーを率いただけはある。間違ったことは言っていない。
事実、クリストフたちのせいで、生徒たちはしなくてもいい我慢を強いられてきた。反論しようものなら、王子としての権力を振りかざして、ねじ伏せる。
それが反論できないくらい言い負かされている姿を見て、スカッとなった。
「暇じゃない?姉上はいつも暇そうにしているでしょう。クラスでお見かけしたことはありませんが?」
「私、お前と違って、特別クラスに入ってるから♪途中でも余裕で三年生に編入させてもらえたけど。普通クラスの、お目こぼしで二年に進級させてもらえたお前に言われたくないわ~。」
「ふ、ふざけたことを言うな!!俺は優秀な成績で二年に進級したんだ!姉上こそ卑劣な真似をしたんじゃないのか?!」
「いや、お前の方だろ。優秀っていうなら、なんで特別クラスにいないんだよ。」
ファルティナのもっともな指摘に、クリストフは顔を真っ赤に染め上げて怒鳴り返すが、聞いていた生徒会メンバーが全員吹き出し肩を震わせる。
王族のくせに普通クラス。お情けで進級している時点で相当問題になっているのに、自覚さえなかった様子のクリストフに失笑する。
「言っとくけど、クランの試験はこんなもんじゃないぞ。もっとレベル高いし、難しいからな。特別クラスのメンバーなら合格できるけど、お前らじゃ無理だよ。そろそろ父上たちも本気で動くぞ?今度の模擬戦、観に来られるのに恥晒すぞ。ちゃんとメンバー選べよ。」
「分かっている!!姉上こそ、どうなんだ?」
からかうつもりで言ったクリストフにファルティナは心の底から憐みの目を向ける。
「あのさ、生徒会は運営にあたるから模擬戦には参加しないって決まっているんだけど。ついでに、そのあとの舞踏会と交流会の準備も任されてるから、無理。」
生徒会が模擬戦に参加しないのは、学園創立以来の伝統なのに何を今更言っているのか。それとも本当に知らなかったのか。
そう目で問われ、クリストフだけでなく、リヒトやアイセン、ヴォルフも黙るしかない。
情けない話だが、彼らは本当に知らなかった。昨年も模擬戦は開催されたのだが、生徒会だから参加しなくて良いのではなく、王族だから参加しなくて良いと思っていたのである。
そのバカな考えを看過され、さすがのリヒトとアイセンも恥ずかしくなり、うつむいた。
「分かったら、さっさと出てけ。邪魔だ。」
言うが早いか、執務机を飛び越したファルティナはクリストフたちを生徒会室から追い出した。
本当のところ、生徒会長でなければ、ファルティナも模擬戦に参加したかったが、父に止められた。強引に参加しようものなら、即時、追放処分にされるだけではなく、クランからもシュレイセにいる間は極力大人しくしていろと言われている。
行方不明のレティアを探し出していないのに、無理やり帰国しているだけに大人しくしていた。でなければ、本気で父は自分を追放するだろう。
そんなことになれば、もうクリストフをいびれなくなる。それはそれでもったいない。
少々、我慢しておこうと思うファルティナだが、こんな考えを知ったら、父・アルフレードは頭を痛めること間違いなしだ。
『親の心、子知らず』とは、このことだろうが、もう一人……いや、四人当てはまる人間がいた。
「くそっ!自分こそ追放の憂き目にあったくせに、俺をどこまで愚弄すれば気が済むのだ!姉上はっ!!」
「全くです!殿下。エリナがどんなに傷ついているか……あの方には人の心がない。歩く人災、害獣です。」
「そうです、殿下。我らが結集し、パーティー戦で目にもの見せてくれましょう!そうすれば、陛下も殿下をお認めになり、あの王女を追放してくれましょう。」
「殿下の勝利に我が剣を捧げます。」
ぶっちゃけて言うなら、クリストフは全くめげていない。それに追従するリヒト、ヴォルフ、アイセンも同じだ。
自分の現状が分かっていない。どこにそんな自信があるか分からないが、クリストフの剣の腕と戦術は最底辺。リヒトとヴォルフの戦術は並以下。剣に至っては持ったこともない。
唯一、アイセンは父である騎士団長ディバー伯爵に鍛えられただけあって、剣はできる。だが、相手との駆け引きを絡ませた頭脳戦はからっきしである。
要するに使えない連中が揃っているわけだ。どんな真似をしても勝てっこない。
「そういえば、ウィンレンドからの留学生がおりましたね。あいつらを配下に加えましょう。殿下のご意向とあらば、喜んで従いましょう。」
「うむ、そうだな。留学を取り消しになりたくはなかろう。良い案だ。」
そんなどうしようもないことを思いつくリヒトにクリストフは鷹揚にうなづいた。これが自分たちの首を絞める引き金になるなど、思いもしなかった。
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