第8話 報告
「ふぅん、なるほどねェ」
高層ビルの最上階で、警察局の局長である
その彼の前には目を腫らして少し
中央区の東区付近にある村で起こった大量虐殺から一夜明けて、彼らは事情聴取のために局長室に呼び出されたのだ。とはいえ、調査部員全員を呼ぶ訳にもいかないので、犯人と長く接敵した二人と、他の面々の代表者としてリチャードが呼ばれていた。
キョウカの
この状況でも欠伸をしているクローフィは、神経が鈍感過ぎると言っていいだろう。それだけ疲れているということでもあるだろうが。
今はちょうど、弑流たちが聞かれるままに当時のことを話し終えたところだった。キョウカはしばしの間黙って脳内を整理し、ふと顔を上げた。
「クローフィ、きみから見ても犯人の男は式神だと思うかい?」
「んー、まあ、僕から見ると九十八パーセントの確率で式神だね。呪いらしきものがあって、火の仙術らしきものも使ってるみたいだし」
局長からの質問にタメ口で答えられるのは、それだけ彼らの間柄が親密だということだろうか。それ故、キョウカを前にしても緊張感がないのかもしれない。
「残りの二パーセントは?」
「魔術師である確率と鬼である確率が五分五分ってとこ。その他の可能性も捨てきれないけど、可能性は限りなく低いかな」
「ほォ」
クローフィは弑流たちに耳慣れない単語を織り交ぜて話すが、キョウカには伝わっているようだった。
「……その、話の腰を折るようで申し訳ないのですが。“魔術師”というのは……? それに“鬼”ってあの?」
知らないことをそのままに話を聞き続けるというのは後々面倒なことになりかねないので、二人が口を閉じた際におずおずと質問する。聞かれたクローフィがぽんと手のひらを叩いて頷く。
「ああ、それは説明してなかったね。えー、魔術師はともかく、鬼は聞いたことあるよね?」
「あ、はい」
鬼といえば、この国では知らない者の方が少ないくらい有名な存在だ。人間がこの地に移り住む前は広範囲に渡って生活しており、地域ごとに徒党を組んで暮らしていたという。
言わば東極の先住民である。
そこに他の陸地から移動してきた人間が住み着き、木々を切り倒して開拓を始めたことにより、彼らは住処を残った森や山に移す羽目になった。学校で配られる歴史の教科書にはそういった出来事や、その後人間と彼らの間で起きた乱闘などが記載されている。
人によく似た見た目をしているが、頭からは角が、口には鋭い牙が生え、爪は長く尖っているのが特徴である。膂力も人間とは比べ物にならないほど強いため、恐れられることが多い。今では基本的に山を住処にしているとされている。
強いはずの彼らが何故人間に負けたかは分かっていないが、少数で徒党を組んでいた彼らは時たま別のグループと同種同士で潰し合うこともあり、大人数で団結していた人間の方が数の上では有利だったのではないかという説が有力だ。
現代の昔話では、彼らの見た目の恐ろしさや強さからよく悪者として描かれるが、場合によっては人間との異種族恋愛や友情などが描かれることもある。
弑流がそれを簡単に伝えると、彼は静かに頷いた。
「うん。その鬼だよ。ここ東極には古来から、人型だけど人じゃない“鬼”が住んでいて、時折山から降りてくる、って載っていただろう?」
「はい。……でも、人間とのいざこざとかで絶滅したって……」
鬼は時代の流れとともに目撃数が減少し、現在は全く音沙汰もないことから教科書では“絶滅した”とされていた。写真機というものがそれほど普及していなかった東極には彼らの写真などもなく、単なる見間違えで“いた”というのは架空の話だったのではないかとすら言われている。
「あー、一応そうなってはいるね。でも、誰も山や森の奥深くまで探してないから、生き残りがいる可能性はあるってことさ。僕は彼らが”いた”って信じているからね。プレーゼにいたっていう人魚みたいに住む場所が限られていれば、絶滅したっていう事実は覆せないけれど」
東区を抜けた先にある国プレーゼは、水の都と称えられるほど美しい、水路が入り組んだ街並みと白壁の建物が有名だ。ただ、国土が広いためか北と南で格差が酷く、国を流れる大河の上流である北は富裕層が住む“水の都”で、下流である南は治安が悪くスラムが乱立する”ゴミ溜め”もいいところである。
そんなプレーゼの北部には湧き水で出来た泉があり、そこには”人魚”と呼ばれる生き物が住んでいたという。上半身は人間と同じだが、下半身は魚のような尾になっており、陸地で生活することは出来ない。見た目が美しいのもさることながら、彼らの肉は食べると不老不死になれるという嘘か本当か分からない噂があり、それによって乱獲された結果、彼らは泉から一体もいなくなってしまったのだった。彼らに関しては、乱獲時代に作られた骨格標本や剥製などが残っており、本当にいたことが分かっている。
「つまり、あの時の男がその生き残りの鬼である可能性もあるんですね」
もしそうなら、あんな残酷なことが平然と出来るのも納得だ。そう考えたが、
「ま、可能性は低いけれどね。鬼が人間に従うなんて聞いたことないし、そうでないならわざわざ中央区長の計画反対派だけを殺し回るなんて意味のないこと、するはずがないからね。対象には呪いっぽい模様もあったみたいだし」
クローフィは冷静にそう分析した。角もなかったんでしょ? との言葉に、確かにそうだったとはっとする。鬼である可能性の低さを理解した弑流を見て、彼は一度閉じた口をもう一度開いた。
「じゃあ次に魔術師の方だけど、これは前に説明した呪術師の亜種みたいなものだと思ってくれていいよ」
「亜種、ですか?」
「そう。簡単に、式神に呪いを付与できない呪術師のことを指すんだ。彼らは呪術師にとっての最大の利点がない代わりに、式神を使役しなくても戦えたりする。……まあ、滅多にいなくてこれも可能性は低いけど」
「なるほど……。ちなみに、その彼らを選択肢に加える理由は何ですか?」
「その二種はそれぞれ“妖術”と“魔術”が使える。それが理由。実はそれぞれに大きな違いがあるのかどうかは詳しく分かっていなくて、今のところはどの種が使っているかで区分けされているから、見ただけじゃ判別しようがないんだ」
一通り説明を終え、弑流が満足して黙ると、今度はキョウカが口を開いた。
「じゃあァ、まァ、その男は式神だと仮定しよう。で、呪いがあったということは指示役がいたことになるわけだ。その辺の検討は、誰かついていたりする?」
全員を見渡しながら聞いたが、反応は芳しくなかった。顔を見合わせて首を振る。
「だよねェ。俺も全く検討がつかないよ。こんな大それた事をする奴なんてさァ」
その反応を見て、キョウカもため息を吐いて肩を竦めてみせた。
「普通に考えると中央区長を支持している過激派か、区長本人だと思われますが……」
リチャードも候補を挙げつつ確信が持てずに言い淀む。
「そうだねェ。それか、反対派が区長らに罪を擦り付けて計画を止めさせるために仕組んでいるかもしれないね」
確かにその可能性もあるだろう。弑流もほぼリチャードと同じ意見だったが、犯人がここまで怪しまれるようなことをするのかと聞かれると回答に困る。全員ではないとはいえ、村人のほとんどを殺して回るなど正気の沙汰ではない。しかも他の件と同じ手口を使っているとなると、『同じ犯人です』とわざわざ言っているようなものだ。
「まァそれは、その式神君……仮に“ドール”とでも名付けようか。彼を捕まえれば全て分かることだ。顔も割れてるしねェ」
これにはクローフィも同意し、ひとまずの目標は“ドール”の確保ということになった。背後にいるであろう呪術師を割り出すために、生け捕りが最優先となるだろう。何が目的であるかも明らかになるはずだ。
「あの、自分達が現場を離れた後、他に生存者の方は……? それと、火事の方は……」
弑流は寮に戻ってからもずっと、そのことを考えていた。あの男は罪のない人を殺すだけでは飽き足らず、自分が逃げるために火まで放って遺体を損壊させた。どんな理由があってそんなことをするのか、また、何故そんな命令を聞くのか全く分からなかった。だが、それは彼を捕まえた際に聞けばいい。
問題は住民たちがどうなったかだ。昨日の今日で、現場から立ち去った後のことは聞かされていなかった。
「ああ、それねェ」
キョウカも思い出したように頷いた。
「エリザ君、資料くれる?」
顔を横に向けて、今の今まで無言で立っていた秘書から資料を貰う。
「えェーと、まず火災の方なのだが。こちらはきみたちが通報してから二十分程で消し止められているね。消し跡からは遺体が三つ。特にその内の一つは性別特定にも時間がかかるくらい酷い状態で、発火現場に最も近かったと思われる」
「…………」
「おや、すまない。現場にいたきみには少し刺激が強かったかもしれないね」
「……いえ、大丈夫です」
「ふむ。ならば続けるよォ。燃えた民家には生存者もいて、消防部が駆けつける前に外に逃げていたようでね、無事保護したそうだよ」
間に合わなかったとはいえ、生存者がいたのであればまだ救いがあるだろう。……遺族と犯人の新たな諍いの種にはなるかもしれないが。
「国立中央病院の傍にあるホテルに仮住まいしてもらうことになっているから、もし気になるようであれば見に行くといい」
それを聞いて弑流は、自分に顔を見に行く資格も度胸もないと理解しつつ、気持ちが落ち着いたら訪問してみようかとも考えていた。
話が一段落したところで、今まで黙っていた燐がそっと声を上げた。彼女は、自分の初撃が当たったことが何故なのか気になっているらしい。元々戦闘経験の浅い彼女の攻撃が、不意を突いたとはいえしっかり入ったのは少し違和感があるのだという。その後の攻撃を全て余裕で避けられたことも考えると尚更だ。何か意図があったのではないかというのが、彼女の疑問である。
「ふむ」
それを聞いて、クローフィは何か考え込むような仕草をした。
「燐ちゃんは、彼を見てどう思った?」
「どうって……本当に人形みたいなやつだなぁと」
「さっき聞いた見た目からしてもそうだろうね。縫合跡みたいなものもあったとか。…………一つ聞くけど、澪くんの攻撃も当たったんだよね?」
「糸みたいなやつだろ? しっかり当たってたな。身動きを封じられるくらいには」
「その攻撃、どの方向からしてたとか分かるかい?」
「確か、奴の右後ろからだな。右足に糸が絡んでたから」
「そう。じゃあ君の攻撃は?」
「…………それも、右後ろからだ。僕は家の屋根に登って生きてる人間を探してた。そしたら、切られそうになっている弑流が右側に見えたから、そのまま振り向きながら飛び降りて切りつけた感じだ。……当たると思っていなかったし、脅しかかすり傷付ける程度の気持ちだったんだがな」
「ふーん、なるほどね」
彼は燐の話に納得したように頷いた。
「痩せ細った体、丈の足りない衣服、縫合跡に希薄な感情……」
何やらぶつぶつと呟いて、それから思い付いたように顔を上げた。
「多分だけど、その子――」
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