第13話 ガブリエレと御影


 局内図書室は、そこらのちゃんとした図書館並みの規模だった。背の高い本棚が整然と並び、そのそれぞれに可動式の梯子が付いていた。高い所の本を取るときはこれを動かして登れば、何処にある本でも取れる仕組みだ。

 図書室内はいくつかの区域に分かれていて、シャルルは迷わずその内の一つに向かった。

 そこは個室の様になっている小さな部屋で、戸を開けると、


「何か用ですか? ヴェイユ」


 と高めの男性の声が聞こえた。シャルルは「やっぱりいた」とばかりに中に入る。弑流も続いて中に入ると、そこにはこれまた奇妙な二人組がいた。署員の彼らには色々誤解があったりなかったりするが、少なくとも変わった人間が集まっていることは間違いないらしい。


 一人は、目元にレースで出来た黒い目隠しをした貴族風の青年。座っているせいもあってか背が低く、何処かのお金持ちのお坊ちゃまといった風貌だった。ブレザーの様な上着に折り返しが付いた半ズボン、膝下丈のソックスはそれ用のガーターベルトで留めてあった。全体的にゴシック調で纏められた服だ。

 もう一人は飛び抜けて背の高い用心棒風の男で、百九十センチ後半か二百センチはあろうかという高身長だった。背の高い方であるシャルルでも、彼の顔を見るためには少し見上げねばならない。その図体と冷たい印象を受ける表情のせいで威圧感がかなりあった。服は簡素な黒スーツ。

 見た目も背丈も纏う雰囲気も全く違う二人だが、唯一その髪が二配色で構成されているという点では共通していた。

 青年の方は黒と紫で、頭の真ん中にある分け目から左右に綺麗に分かれている。向かって左が黒、右が紫だ。男の方は黒髪に、瞳と同じライトブルーが一房混じっている。髪が二配色なのは東極の人間からしたら不思議な感じがするが、何故そうなるかというと両方ともシグルドの血が混じっているからだろう。遺伝子の関係か、シグルドには二色の髪色を持つ人間が少なからず生まれるので、彼らの血を引いている場合は見た目ですぐ分かるのだ。ちなみにリーヴァには二色の髪色を持った人間は生まれない。また、シグルドで生まれても単色の人間もいる。


 弑流の脳裏に”盲目の探偵とか二メートルの巨人とか――”と言っていた先輩の噂話が浮かび上がった。目の前の光景は、まさにそれだった。

 青年の座る椅子に小さな杖が立てかけてあることや目隠しからも、恐らく盲目であることが窺える。見てくれだけでは探偵かどうかは全く分からないが。そんな弑流の心中をよそに、


「おや、客ですか」


 青年は顔を弑流の方に向けて言う。見た目がそうなだけで本当は見えているのだろうかと思えるほどにしっかりと弑流の方を向いている。


「はい、部長が言っていた新しい署員ですよ。挨拶はして貰わないとと思って連れてきました」


 シャルルがそう答えると、青年はくっくっと笑って、


「また馬鹿ですか?」


 と嫌味たっぷりに言った。


「ば、馬鹿って」


 会って数秒で突然言われた言葉に弑流が訳が分からずに狼狽える。


「だってそうでしょう。ヴェイユもミセリエリも京極も、皆よそでやらかしたからここにいるのですし、次に来るのも必然的にそうじゃないんですか?」


 やらかした訳ではないが、当たらずも遠からずな言い分に黙ってしまう。


「もうこれ以上馬鹿はいらないんですけどねえ……。リチャードは何を考えているのやら」


 見た目は大人子供といった感じだが、部長であるリチャードを呼び捨てに出来る辺り、上の役職なのだろう。少なくとも一般の署員ではないと思える。口が悪いという点ではレノと似ているが、それが素で出てしまっている彼とは違って、青年は皮肉や嫌味などの悪意をたっぷり込めて発言している様子だった。よほど性格が悪いか人嫌いだと見受けられる。


「それは部長に聞いてくださいよー。彼だって異動は不本意でしたでしょうから」


 バカバカ言われ続ける弑流をシャルルがフォローしてくれた。


「まあ、それもそうですね。では、そういうことで」

「いや、自己紹介を……」

「貴方が教えれば良いじゃないですか。他人と仲良くする意味が分かりませんし、ぼくがこんな無駄な時間を割いてまで答える必要ありますか?」

「名前は本人の口から聞くものじゃないですかー。ね、御影さんもそう思いま――あ、言っちゃった」

「だから馬鹿だと言うんです。御影に聞いても答えませんよ。これは四六時中食うことしか考えていない無能ですから」


 青年は御影と呼んだ付き人を鼻で嗤った。弑流は青年の性格と全く反りが合わないことを痛感しつつ、それをおくびにも出さないよう注意した。実際の所見えているのか見えていないのか分からない上、この青年の前でヘマをしたら確実に良くないことが起こりそうだからだ。

 一方小馬鹿にされた御影の方はというと、不快感どころか話を聞いているのかどうかも怪しかった。本の山をつまらなそうに見たり、弑流を値踏みするように見たり、青年をじっと見つめたりしていた。時折腹の虫が鳴っていることから食いしん坊という点は間違っていないらしい。

 青年は結局自己紹介する気はないようなので、弑流が軽く自分のことを話した。先程は「時間の無駄」と言ったが、単に名乗りたくなかっただけらしく、弑流の話は一応ちゃんと聞いてくれた。異動の件に関してはいくつか突っ込まれたので、その都度彼が満足行くまで答えた。


「先輩の局員だけ何もなく帰されて、貴方だけが変態医者の所に連れて行かれたのは引っかかりますが……まあいいでしょう」


 青年は形の良い顎先に手を添えて独り言のように呟いて、満足したように、または飽きたように手元の本を読み始めた。よく見ると点字の本で、やはり目は見えていないことが分かった。

 図書室を出て寮の方を案内しながら、


「入署一日目から嫌な思いをさせてしまったかもしれませんが、これが署員の通常運転なので頑張って慣れてくださいね」


 とシャルルが苦笑いで言った。


「シャルル先輩は入署の時どんな感じでしたか?」

「ん? ああ、実は俺、部の創設時からいるんですよ。部長と二人でメンバー第一号だったんです。その後レノが局長に連れられて来て、ヴァレンタインさん……ああ、さっきの人ガブリエレ・ヴァレンタインさんって言うんですけど、彼を部長が連れて来て、御影さんはそれにくっついてきて。京極さん親子が一番最近入ってきたんですよね」

「そうなんですか。……皆さん個性豊かでしたけど、上手く付き合えるか不安で」

「あはは、分かります。でも、無理して付き合う必要はないので安心してください。ヴァレンタインさんの人嫌いは相当ですし、京極さん親子は周囲と距離を置きがちですし、レノはあんな感じですから。全員と上手く付き合おうとしたら身体がいくつあっても足りません。俺はいつでもウェルカムなので、困ったら俺か部長に相談してくれればオッケーですよ」


 シャルルは自分の胸をドンと叩いて笑顔を見せた。性格も態度も違うが、何処か先輩局員に似た打ち解けやすさを感じて気分が軽くなる。


「ああ、あと、レノも言ってましたけど”先輩”はちょっと慣れないのでさん付けにして欲しいです。多分、この部署の人は皆そうですよ。あ、部長は”部長”ですけど」


 確かに先輩、先輩というと中高生の部活動みたいなので、言葉に甘えてさん付けにすることにした。”さん”を付けている分には失礼には当たらないだろう。

 シャルルに付いて白い廊下を歩いて行くと、彼が立ち止まって左右の扉を交互に指さした。


「ここが俺の借りてる部屋で、向かいがレノのですよ。タダなので使うかは別として登録しておくことをお勧めします。好きなときに仮眠取りに来られて便利です。まあ、半年間に一度も使いに来なかったら勝手に登録解除になっちゃうんですけどね」


 登録されたのに誰も使わない部屋を、ずっとそのままにしておくと寮の部屋がいくつあっても足りないし、本当に使いたい人が使えないのでは意味がない。そういう事態をなくすためにそういうシステムになっているのだろう。


「さて、じゃあ戻りますか。弑流さんは初日なので後は好きに過ごしてもらって大丈夫です。俺は仕事があるので頑張りますけど、あなたは帰っても良し、見学するも良し、荷物整理するも良し、なので自由にしてくださいね」


 調査部にはもういくつか部屋があったが、余ったので使っていない何もない部屋だったり、机しかない上にほとんど使わない会議室だったりしたので説明は省かれた。一度仕事部屋に戻ってきて、そこで解散という形になった。

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