第8話 呪術師


クローフィはその”人”について語った。


”人”――一般に呪術師じゅじゅつしと呼ばれるその存在は、見た目も身体能力も、並みの人間とそう変わらない。違うのは、式神を使役するための呪力を持っていること。そして、寿命が人間より長いこと。

呪術師を他の人間と見分けるのは至難の業で、カラスの雌雄を見分けようとするようなものである。見分けたところで何か出来るわけでもなし、見分けようとするのは時間の無駄だという。

呪術師も式神という”道具”を使っている以上、人間を支配することなど容易いかに思われるが、彼らも式神同様、数が少ないらしい。理由はより強い呪力を持った子孫を残すため、近親相姦を繰り返す家計が多いからだ。あまりに変化のない遺伝子は、対応できない病にかかった場合一族総崩れとなってしまうのだ。


クローフィはそこまで説明すると、


「ちょっと御免よ」


リンを手前に引き寄せて、弑流に彼女の首筋を見せた。首筋には入墨に似た、花のような奇妙な文様が浮かんでいた。


「これは『まじない』もしくは『のろい』と呼ばれるもので、これがあるってことは、彼女には既に彼女を使役している呪術師がいるってことなんだ。この状態でもし彼女を使役したいならこの『呪い』を上書きする必要があるんだけど、基本的にその呪術師より強い呪力がないと『呪い』の上書きは出来ない」

「とすると、呪術師はこの……ええとのろい? まじない? を書くことで式神を使役しているってことですか?」

「そうなるね。……で、『呪い』にはその呪術師特有の”型”みたいなものがあって、それぞれ付帯している効力が違うんだ。式神本体の増強をするものもあるし、彼らに苦痛を与えるものもある。式神に良い影響を与える方をまじないと呼んで、悪い方をのろいと呼ぶんだ。自分の式神にどちらをほどこすかは呪術師の気分次第というわけだ」


ということは燐の首筋にあるこの印も何らかの効果を持っているということになる。これが彼女にはどんな影響を与えているのか気になるところだ。弑流がそれを質問すると、


「ああ、確かにそうだけど……。実のところ、この”型”を見るのは初めてでね、どんな効力を持っているのか見当も付かない。僕が知らない家計の呪術師だろうね。知っているものならある程度予測できるのだけど。燐ちゃんは何か心当たりはないかな?」


クローフィはそれを今度は燐に振った。彼女を掴んでいた手を放すと椅子に座り直す。腕をずっと掴まれていた燐は掴まれていた箇所をさすりながら答えた。


「心当たりって言ってもな……。足以外に痛いところはないし、五感にも異常はない。逆に何処か調子が良いってこともない。強いて言うならこれを入れられたときに酷く痛んだってことくらいだな」


燐本人もよく分かっていないらしい。呪いを刻印する際に痛むのは入墨を入れるときに痛むのと同じで、誰がやっても変わらないものであるため参考にはならない。


「ふうむ。……呪いによっては何の効果も持たない、所有物である印として入れられているだけのものもあるにはあるからね、もしかしたらそういう類いかもしれないな。燐ちゃんの呪術師は、君を閉じ込めていたこと以外は害がないように思えるけど、そこのところはどうかな?」

「…………。兄を殺された…………と思う」

「思う?」


曖昧な答えにクローフィが片眉を上げる。燐は自分の記憶を探るように視線を彷徨さまよわせて、それから落胆したように首を振った。


「実を言うと、僕は一部分記憶がないんだ。小さい頃ににいさんと一緒に部屋で遊んでいたところまでは覚えているんだが……その後はあの男に呪いを入れられるところまで記憶が飛んでいる。その部屋を出てからそこまでの間に何があったか、それが思い出せないんだ。でも、その時にはもう兄さんは影も形もなくて……きっと兄さんが死んだショックで記憶が飛んでいるんだと思う」

「…………。ふむ、ショックで記憶が飛ぶ患者は人間の方にも多々いる。その可能性は高いかもしれないね」


クローフィは少しずつ饒舌になっている燐には突っ込まず、ただ答えを返した。この環境にもだんだん慣れてきたのだろう。それか、クローフィが「君に利用する価値があると思うか」と言ったことが効いているのかもしれない。どちらにしろ彼女の呪術師よりは信頼が得られていると言っていいだろう。

クローフィはレヴァンに地図を用意させると、燐に呪術師の居所を聞いた。今なら答えてくれると踏んだのである。予想通り、燐は恐らくこの辺りと地図の一カ所を指さした。南区の、中央区寄りの場所だった。ついでに人相も問う。


「金髪にピンクの目で眼鏡をかけているな。歳は……多分クローフィと同じくらいだと思う。僕が見る時はいつも笑っている気味の悪い奴だった。名前は分からない」


これを情報管理部に告げておけば、あちらで処理してくれるだろう。なんなら呪術師の血液も採取出来るかもしれない。クローフィは有るか無いか分からない未来を想像して口角が上がりそうになるのを抑えて、


「さて、一通り説明したけれど、何か質問はあるかな?」


話を聞いている二人を見回す。

手を上げたのは弑流だった。


「ええと、呪術師は人を呪ったりとか、呪力で攻撃したりは出来ないんですか?」


呪術師という名前そのものは漫画や本などで聞くことがあるが、その大抵は、怪しい術を使って人を呪ったり攻撃したりとアグレッシブなイメージだ。弑流はそう思って聞いたのだが、クローフィは首を縦に振った。


「うん、出来ない。彼らにそんな力はない。自分たちだけでは攻撃も出来ない。彼らが出来るのは式神に呪いを入れて使役することだけ。戦えないから武器を使うのさ。人間と同じようにね。まあ、良い式神をずっと手元に置いておくにはそれなりの呪力が必要だけど。自分より呪力の強い呪術師に式神を奪われることも少なくないし、”武器”を奪われた呪術師に待っているのは死か、一族が長年かけて紡いできた呪力の提供だから」


邪魔者として始末されるか、その一族に取り込まれてより強い呪力を得るための糧にされるか。どちらにしても彼らにとっては死と同義だろう。自分が今まで使っていた武器を奪われてそれで刺されるようなものだ。


「ええと、でもそれじゃあどうして呪術師は、式神を大事に扱わないんですか? 碌でもないって言ったって、自分の身を守るものなら大事にしてもおかしくないのに」


クローフィは式神の死体は原型を留めていないものも多いと言っていた。命のある式神を道具として使うにしても、限度というものがあるだろう。他の呪術師に奪われて困ってしまうようなものなら尚更だ。それを雑に扱うのはいかがなものだろうか。


「お、良い質問だね。僕もそう思うんだけど、彼らに普通の倫理観を求めてもねー」


普通の倫理観という言葉をクローフィが使っていることにレヴァンが首を傾げるが、クローフィは構わず続ける。


「彼らの考えでは式神は消耗品なんだ。使役したって言うことを聞かない式神も多々いるからね、恐怖や痛みで支配して、使えなくなったらポイ、だ。式神の家計を囲って生まれた子供をひたすら取り上げているなんていう胸くそ悪いとこもあるくらいだし。もちろん中には式神を大切にしている家計もあるだろうけど……少なくとも僕が集めた資料には載ってないね」


弑流は話を聞きながら、そっと気遣うように燐を見た。まだ幼く見える彼女が、自分たちの酷い扱いを聞かされて嫌な思いをしていないかと気にかけたのだ。だが、入らぬ心配だったらしい。

燐は弑流の視線に気付くと「気にするな」と言いたげに首を振った。


「大体、式神は不死ではないけど不老で、ある時期から歳を取らなくなるようだから致命傷さえ負わなければ何千、何万年と生きられるはずなんだよね。それなのに呪術師が使い潰して殺すから、彼らの平均寿命は総じて二十五歳前後。まあ、おかげで式神が増えすぎることはないのだろうけど、それにしたってねえ……」


生きていれば血液採取出来たはずのものを、とぶつぶつと愚痴を言っているクローフィに、レヴァンが耳打ちする。


「ああ、そうそう! 燐ちゃん今いくつ? 大体でいいから」


彼女のカルテに色々書き込んでいたレヴァンは、足りない情報をクローフィに聞き出して貰う。本人が聞いても良いのだろうが、彼はあくまで記録係に徹するようだ。


「ん? ああ。多分だが二十年は生きてるな」


燐の見た目は身長のせいもあってか大分若く見える。内心子供扱いしていた弑流は自分と三年しか歳が違わないことに驚きを隠せなかった。彼女を二十歳と仮定すればだが。

そもそも性別からして見当と違ったのだ。歳も見当違いだったとしてもおかしくはないだろう。

そう自分に言い聞かせる。そしてその過程でふと気になったことを質問した。


「そういえば式神にとって性別はあってないようなものだ、って仰ってましたけど、あれはどういう意味ですか?」

「ああ、それね。そうだな、君は……もし汚いノートと綺麗なノートを使うとしたら、どっちを使いたい?」

「え? ええと、どちらかと言えば綺麗な方が嬉しいですね」

「だろう? 呪術師も同じ考えでね、使う”道具”は綺麗なものを選ぶんだ」


含みを持った言い方に嫌な予感がする。


「え、まさか」

「そのまさか。呪術師は出来るだけ見目の良い式神を使おうとする傾向がある。余程突出した仙術を持っているとかなら別だけど、ほとんどの場合見目の良くない式神は……まあ詳しく言わないでおこう。ともかく、そんなこんなで平均かそれ以上の見目を持った式神ばかりが生き残ったわけだ。男だろうが女だろうが生き残るためには呪術師に好かれなきゃいけない。性別なんかに囚われてたら、全く生き残れないということだよ」


確かに燐はどちらにも見えるし、超絶美形とは言えないが普通に整った顔立ちをしている。獣的な気品も併せて、誰にでも好かれそうな造形だ。彼女の性別を知らなかった弑流も最初魅入ってしまったくらいだから、そう考えると性別もあまり関係ないかもしれない。


「だから、子孫を残すときだけ”男女”という枠に填まるって感じだね。それ以外は皆生きやすいように生きてる。……ああでも、女の子は元から数が少ない上に、呪術師が既に囲っていたり、子孫を残すために隠れて過ごしていたりすることが多いから、燐ちゃんみたいに前線で戦わされているのは珍しいね。世界の何処かにはバンバン戦っている女の子もいるかもしれないけど。そういう意味では性別に囚われてるって言えるかも」


式神も人間も女性が優位に立ち辛いのは同じらしい。


「まだ何かあるかな?」


弑流としてはこれ以上聞きたいことはなかった。燐は一度も質問していないが、彼女も別に聞きたいことはないようだ。


「うん、ないみたいだね。…………じゃあ、とりあえず今日はここでお開きかな。弑流くんは局長に会いに行ってね。今後のことを決めなきゃだし。で、燐ちゃんは食事と睡眠を摂って安静にして貰おう」

「分かりました」

「分かった」


弑流が立とうとすると、レヴァンがすかさず椅子を引いてくれた。そのまま椅子を元あった場所に戻して、弑流より先に扉を開けに行こうとする。外まで案内してくれるつもりなのだろう。若干申し訳なく思いながら付いていこうとすると、


「あ、待って!」


クローフィが慌てて引き留めた。腕を掴まれる。


「な、何でしょう?」


驚いて振り返ると、クローフィは手に空の注射器を持ってにじり寄ってきた。


「せっかくここに来たんだし、血液検査していかない? すぐ分かるからさ。ね?」

「え、ああ、はい……よろしくお願いいたします……」


頬を上気させながら迫ってくるクローフィの圧に負けて、弑流は引き気味に了承した。後ろからため息が聞こえたのでそちらに目をやると、レヴァンが額を抑えて頭を振っていた。相当呆れているようだ。この医者はいつもこうして強引に血液採集しているのかもしれない。レヴァンの苦労が窺えて憐れみの視線を送っていると、その間に手際よく右腕の袖を捲られて血を採られた。量は注射器半量ほど。


「はい、もういいよ」

「え? 検査は……」

「何かあったらまた連絡するから」


すぐ分かると言っていたのに話が違う。しかし、彼にそれをわざわざ言う気にはなれず、


「あ、ハイ……失礼します……」


とだけ言ってそっとその場を離れた。レヴァンが扉を開けて待っていてくれたので礼を言って外に出る。二つ目の扉を出たところで、彼から「うちの先生がごめんなさい」と謝罪を受けた。弑流としては少し血を採られただけなので問題はない。そのため、気にしていないと伝えて別れを告げた。

レヴァンは弑流が完全に見えなくなるまでずっと頭を下げていた。

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