第19話 再生成

第19話 再生成



 そしてなぜか無人の部屋の中である。


 よく死ぬよね。いや、死んでないんだけど。

 だけど死んでも死なないというわけでもないのかな。

 むしろ死んでいないわけだったりそうじゃなかったり。


 もしかすると前提が間違っているのかもしれない。

 最初から色々と間違っていたという可能性も否めない。


 そもそも死ぬとか生きるとか関係なかったんだ。

 最初から生きているかどうかも怪しいという話だった。

 ああ、帝都での逃走劇はいったい何だったんだろうって思う。

 生きるために死ぬ思いをしたような旅は無意味だったのか。

 いったい生きるとは何なのか。死とは何なのか。

 ううむ、難解だ。世の中は分からないことだらけで困る。

 でも普通、記憶が無いから試しに死んでみるとか考えないから仕方が無いかな。

 哲学するためだけに生きる人くらいはいるかもしれないけど。

 哲学するために死んでいたら自分が何人いても足りなくなる。

 死んでも生き返る人間なんて……いたな。皇帝さん。

 でもまあその他には知らない。知ってる人も少ないけど。

 まあ、皇帝さんは生き返ってるわけでもなさそうだし。

 あれは緩やかに死に続けているか、死に損なっているだけのような感じだった。

 どちらにせよ自分は皇帝さんと類似の存在ではないはずだ。

 星の力は絶対的なものだという前提がある。

 比肩する、あるいは内容が重複する存在があればそれは絶対的とは言えない。

 絶対的なものであるためには、唯一無二でなければならない。

 逆説的に、星の力そのものが同じ系統の存在を許容していないということになる。

 矛盾を生まないために、生まれない。

 言葉にするとややこしいな。でも実に合理的だ。


 自分が再生成リスポーンする魔物だったってこともないだろう。

 生きていない魔物は、しかし存在核が無くなれば消える。

 魔物と同じだというなら、核となる魔素結晶が必要だ。

 だが自分は核のようなものが無くなっても消えていない。

 そんな魔物はいない。原理的にありえない。

 もしかすると自分は魔物よりも魔物寄りということか。

 まったく意味がわからないけど。

 そもそもこの再生成リスポーンっていったいどういう基準なのか


 ――明確な基準が無ければ、適合部位の総量に応じて優先度が高い。


 思考が遮られた。

 音声でも文字でもない、圧縮された高密度な情報の塊。


 内容がおかしい。猫耳さんや騎士さん達からもそんな話を聞いてはいない。

 気のせいか、もしくは幻聴、幻視、あるいは勘違い、記憶違い?

 というよりも、そのどれでもないのか。


 例の発作いつものやつか。『知識』いつものやつだ。


 おおよそ記憶に無い、出所ソースが不明な情報の垂れ流しである。

 どこでどうやって得られた情報かも分からないし、正否すらも確認できない。

 今となってはこの『知識』が脳内から出てきているかどうかも怪しい。

 実は自分が何とか大陸の運命の戦士の生まれ変わりだった、みたいな全く根拠の無い情報が混ざっていたとしても不思議では無いような、意味不明な集積情報群である。

 いや生物じゃないから生まれてもいないのだ。生まれ変わりも無いか。


 まあ今さら『知識』の中からどんな情報が出てきても驚かない自信はある。

 こんな自信があっても何かの役に立つわけじゃないけど。

 ただ幸か不幸か、自分の出自に関する情報が発掘される様子は無い。

 どう考えても記憶に無い知識があるなんて正気の沙汰じゃないと思う。

 正気の沙汰じゃない状況くらいなら今に始まった話じゃないけど。





 部屋の中を見回すと、台座やら血溜ちだまりやらがあった。


 見覚えのある部屋である。

 この際、なぜ落ちた場所じゃないのかという疑問はさて置くとして。

 記憶が確かならば、騎士さんたちとの逃走劇おいかけっこのスタート地点だ。

 でも記憶が確かでない以上はこの認識すら怪しい気もするんだよね。

 ていうか本当にここが同じ部屋なのかどうか確認する方法も無いわけで。

 まあわざわざ同じ台座を用意したり血溜ちだまりまで再現してまで自分を騙すなんて、そういった面倒なことをする必要性や動機を持つ相手に心当たりもないんだけど。


 あ、いや、そんなことよりも、新たな問題が発生していたことに気付いた。


 今度こそ正真正銘の全裸なのだ。ベルトすらない。


 いや、いやいや。

 ちょっと待とうか。ちょっと待て。

 落下の途中で死んだか気絶したのだろうと予想は付くけども。

 でもなんで全裸なの。しかも全身露出しているのは何故。

 わけが分からない。

 どこかに引っ掛けて破れたとか、今回はそういう話ですらない。

 ちょっと困惑を隠せない。いや困惑より先に身体を隠すべきか。

 自分は露出狂ではないのだ。露出狂ではないよね?

 なぜ世界は自分に全裸を強いるのか。


 ふと、不思議な感触があった。

 見えない何かが引っかかっていると、そんな気がした。

 物理的に触れることのできないささくれのようなもの。

 だが、感覚があるということは触れているのだろうか。

 触れることができないのに触れているとはどういうことだ。

 もしかすると自分は気でも触れているのかもしれない。


 その不条理な感覚に意識を向けてみる。

 感触を受けた、手では無い手を使って探るような感じで。

 硬くは無い。硬くは無いけど、何だろう。手触り?

 何だかこう、さらさらとした手触り。覚えがあるような。

 押していても変化は無いようなので、掴む。引っ張ってみる。

 どこからともなく服もベルトも生えてきた……生えてきた?


 最初からそうであったかのように服を身にまとっている。

 ああ、これはぞ。


 なるほど。なるほど?


 記憶には無い。無いから、思い出したのではない。

 理屈は分からないけど、分からないままに理解できた。

 記憶が無くても身体が覚えてるってこういうことなのだろうか。

 いつのまにか生えていた腕の動かし方が分かったような感覚だ。


 いやそれがどういう感覚なのか誰かに説明するにも難しい。

 腕がいつのまにか生えているなんてことなんてありえない。

 小さな両生類なら成長に伴って腕や足が生えてくるくらいはあるだろう。

 でも流石に人間大の生物が腕を生やすことはないよね。

 まあ人間じゃないんだけど。


 まあ生えたのは確かなんだから、人間じゃないんだからそういうこともあるって納得するしかないのかな。


 次に、帝都にあった剣モドキも生やしてみる。

 ハハッ、何だ、種も仕掛けも無く生えたねコレも。慣れって怖い。

 まあ何となくそんな気はしてた。半信半疑くらいだったけど。

 今度はなぜか、衣服よりも簡単に引き出すことができた。


 この剣には本来、特別な力があること自体がおかしいんだ。

 そもそもこの形状、戦いのために作られた道具ではありえない。

 もっとヤバイ物だったという経緯は聞いたけど。

 今は少なくとも凶器にすらならないわけだし。

 剣なのだが、ただの棒でもある。刃が無いしね。


 このままだとただの棒切れと大差は無いだろう。

 自分のものになって力を失ったということなのかな。

 力を失ったから自分のものになったとも考えられる。

 どういった作用でこうなったのかは全く理解していない。

 だけど、もうこれは今や自分の一部のようなものだ。


 これの正体が何だったとしても、どうせ戦うことなんてできない。

 正しく戦うための技術が無ければ武器の有無に違いなんて無い。

 どう逆立ちしても猫耳さんには太刀打ちできないだろう。

 いや逆立ちしていたらまともに戦えないとは思うけど。

 まともに戦えば、その結果は言うまでもない。


 まあ現状ほとんど役に立たないことは分かる。

 手の延長としての用途でさえ満足にこなせないのだ。

 むしろ手と違ってつかむことができない分だけ不便ですらある。


 思いつくままに何本か生やせないかと剣を放り出す。

 消えてしまう。

 もう一度だけ剣を生やして、柄から手を離す。

 やはり消えてしまう。


 ふむ、何だろう。

 これはもしかすると非生産的な行為なのかな?

 無から有を作り出しているとか、そういうわけでもないらしい。

 何かが増えているわけでもないし、何かを消耗しているような感じもしない。

 質量保存の法則的な何かを乱しているようなそうでもないような微妙な感じだ。

 これも自分の一部になってしまったせいなのかもしれない。

 消えているのではなく、体内に戻っているということだろうか。

 いや大きさから言えば体内にそんな収納スペースは存在しない気もするけど。


 というよりもこれ、魔物の遠い親戚と考えればまだ理解しやすい。

 自立運動して勝手に人を襲ったりしないっていうだけの話だ。

 そう、似たようなものを挙げるならこの空中回廊の材質に近い気がする。

 多少なりとも何かしらの関係はありそうだ。

 あるとは思うけど、あまり自信は無い。


 この手品モドキも、要するに魔物の性質と似ているのだ。

 世界のことわりから断絶された独自の法則によるものだろう。

 これはもう断絶の剣――孤高なる断絶の剣――とでも名付けるべきかな?

 思いっきり名前負けしそうだけど。ネーミングセンスは行方不明か。


 色々とあったし、現状の挙動も意味不明だ。

 これについて伝わっている情報と現物とのすり合せも必要だろう。

 なにやら物騒な逸話が付随していたのに、全く話が違う。

 ベルトに挟んでいても何も起きていないわけだし。

 想像とも違う、全くの別物になっている可能性もある。


 まあ細かいことを言うなら、自分自身があの時と別物かもしれないけど。

 何かしら情報を持っていそうな帝国の方々に教えてもらえないかな。

 再会できても問答無用で斬られるとは思うけど。斬られるだけでは済まないかな。

 あれは和解するとかしないとか、そういう段階ではなかったよね。

 何かしらの損害を与えたとかいう話でもないのに、交渉が難しそうだ。

 やはり人と人とが真の意味で分かり合うことは出来ないのか。

 あ、違った、片方じぶんは人じゃなかったわ。

 それならまあ理解し合えないのも仕方が無い事なのかな。諦めは肝心だね。


 まあ、それはさておき。

 無くしてしまう心配がないのは良いことだと思う。

 回収する手間もかからないのも良いことかもしれない。

 邪魔になったらその辺に置いて手を離せば消える。

 たぶん利便性は上がったのだ。いや、便利ではないけど。


 猫耳さんの剣のように投擲できないのはデメリットでもある。

 いや、そもそも投げやすい形状ではないのか。

 わざわざ真似する意味もないし。

 それ以前に投げて命中させるあの技術は身に付けられる気がしない。

 仮に投げることができて、当てることが出来ても同じか。

 軽すぎて威力が出ないと思う。


 あれ、こうしてよく考えると投げるメリットも特に無い?

 投げるメリットが無ければ投げないデメリットもまた無い。


 使えそうで使えない使い方だけが分かってしまったな。

 そうか、これは猫耳さんの投擲講座で学んだことだ。

 これはこういうものだと納得するしかないのだ。そういうことだ。

 使用上の注意とかはどこかに書き記しておくべきだろうか。

 自分にしか使えないのであれば注意するも何も無いけど。


 剣の話はさて置き。

 全く関係のない話というわけでもないか。


 この際だから今、ついでに思いついたことをやっておこう。



 それを取り出す――――案の定、あっさりと取り出せてしまった。




 黒い球体、だ。


 いや、今も球体ではあるけれども。

 正確に表現すると、これとあれとは同じではない。

 黒いわけではなく、色が失われた結果、黒く見えているだけだ。

 いかなる色なのか、この世界では見ることができない。

 それに、似たような球状ではあるけれど、少しばかり小さい。


 うん……そうか、んだな。

 つまり、ここにはしかない。


 ううむ、これも知識にあるような気がする。気がするのに。

 生命がきらきらと、または精神が燃えてゆらめく、もしくは、器……何かの。

 物体でもなく、概念だけのものとも違う。既存の言葉には無い?

 よくわからない。今の知識の中に言語化表現できない部分がある。

 いくつかの単語が混ざって形成された造語のような概念だ。

 これって、いったいどういう事なんだ?

 もう何と呼べばいいのかさえも分からないんだけど。


 ああ、いや、違う。もうそれだけ状況なのか。

 ということは、これを正しく知る誰かがいたということだ。

 少なからず程度に。

 しかも、その誰かが正しく状況を進行させていたのだろう。


 つまり、その誰かは今、この世に

 いや、待て。おかしい。そんなことは知る事もできないはずだ。

 ……ということは、どういうことだ。誰が、いつから準備していた?

 でも動揺していない自分も、人の事を言えたものではないのか。


 だが、理屈には合わない。今の自分に理解できない。

 ならば必要があったとでもいうのか。そんなはずがない。


 真実は失われた。

 どんな真実かも分からない。何も知らない者だけが残ったのだから。

 誰も知ることが出来なくなってしまったという事実だけが残った。

 だからこそ理解できない。絶対に、誰にも理解できない。

 そんなこと、共感だってできない。できるはずがないのに。


 確かめるためには、膨大な知識の奥底へと向かう必要があった。

 自分がここで再生成リスポーンした原因を。

 根源ルーツに関する情報は、あふれるほど埋もれている。

 ただ、安易に引き出せるような関連付けの類が存在しないだけで。

 やはり情報は記憶が完全であって初めて活用できるものなのだろうか。

 そういう問題でもない気はするけど、足りないものは足りないのだ。


 目を閉ざして意識を沈める。

 満遍なく広げた自分を浸透させてゆく。

 深く、深く、沈んでゆくほどに理解も深まる。



 果たして、情報を辿りはじめて如何ほどの時間が経ったのか、

 手から球体が転げ落ちるように離れ、そして消える。


 視線の先に、光沢を持った鋭い突起がその姿を覗かせていた。






 自分の脇腹を貫くようにして。

 簡単に言えば、誰かに背中から刺されたようだ。


 またか。

 せぬ。


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