sidechick
神澤直子
第1話
「素敵な奥様で羨ましいですわ」
そう言って、宿の女将が部屋を出て行って、陽ちゃんが困ったような顔をして私を見た。
「男女二人だと、どうしても夫婦か恋人同士って思うみたいだね」と私は言った。それから、「本当に恋人同士になっちゃってもいいけど」と言うと、陽ちゃんは「はは、冗談」とそっけなく笑う。
「オレ、風呂に行ってくる」と陽ちゃんは言って、長い髪を解く。元々癖っ毛なのと、彫りの深い顔立ちのせいで、よく見るキリスト像にそっくりだと私は思った。
「なんで、髪伸ばしたの?」
私は訊いた。
陽ちゃんは一瞬止まって、振り絞るように
「純也が、のばせって」
と言った。
陽一、純也、私--智香は幼なじみだ。三人で家が近所だったのもあって、保育園から中学校まで一緒で、どういうわけか三人とも同じ高校へ進んだ。大学こそ別々だったものの、今もこうやって親交があるのだ。
--陽ちゃんと純ちゃんは付き合っている。
いつからなのかはわからないけれども、ずっと。始まりは高校の時だったかもしれないし、もしかしたら中学だったかもしれない。気がついたら私は知っていたし、二人も私に隠そうとはしなかった。
「ふうん」と私は自分で訊いたのにも関わらずあまり興味のない風に言った。
陽ちゃんは返事を聞いたのか聞かないのか、黙って部屋を出て行った。大きいはずの背中がとても小さく見える。
私は陽ちゃんの背中を見送って、バッグからPCを取り出した。陽ちゃんに突然連れ出されてこんな温泉宿に来てしまったけれども、仕事は溜まっている。陽ちゃんは飲食店経営の自営業だから、好き勝手休めるだろうけど、私はフリーランスとは言っても納期に追われる身なのだ。本来だったら今の時期にこんなにゆっくりなんてしていられない。
私以外誰も居ない空間に、カタカタというキーボードの音だけが響いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます