第2話 ガラスの錦鯉御殿 建設業者の栄華 その3
D社で安定した日々を送り、家庭も充実した30代後半、ヤスオは今後の身の振り方を考えていた。ヤスオは課長試験に合格したので、通例であれば地方支社の営業課長または田舎の一人営業所長になるであろう。そこでは、業者たちとゴルフをして、夜の街で出て、あるいは麻雀をして過ごすことになるのであろうか?どちらも好きではないのでそれを避けていると営業成績がぱっとしなくなり肩身が狭くなるのであろうか?経営コンサルティングの資格を持つヤスオは本部に呼ばれるかもしれない。D社の本社は中部圏にあるので、いずれにしても遠からず転勤になると思われた。結婚し子どもができて10年経過し、妻も子どもたちもこの土地に馴染み、根を張っている。これを切り捨てて、新しい土地に居所を移すことは妻や子には耐えられないのではなかと思われた。
また、日々の仕事にも満たされないものを感じていた。特約代理店や工務店、工事店を訪問して他愛ない世間話をする、時にはヘルメットをかぶってマンションの工事現場に入り、商品を搬入ししたり、不具合対応で一軒一軒訪問したり、あるいは工務店サービスで工事現場の掃除やタバコの吸殻拾いしていた。
D社の営業所がある二ツ橋界隈には、都市銀行系のシンクタンク、いわゆる◯◯総合研究所が軒を並べていた。そこを通るたび、どんな仕事が行われているのだろう?、どんな雰囲気なのだろう?と気になる存在であった。そんなとき、◯◯総合研究所のE社の中途採用の記事を日経新聞に見つけた。部門はIT部門である。E社は銀行の調査部と子会社のコンサルティング会社、IT会社を母体に設立され、マスコミのコメンテイターや解説等で知られ、その影響でIT部門も伸びていたのだ。とりあえず、力試しのつもりで応募してみると、あっさりと採用となった。
新卒のとき大手企業にまったく拾ってもらえなかったヤスオであるが、A社への出向や経営コンサルティングの資格獲得などを経て、有名企業のE社に手が届いたのである。ヤスオは有頂天になった。意思を持てば、努力で道が拓けると実感した。大学までのぱっとしない負け犬人生から勝ち組に這い上がったと思った。30代後半の転職はリスクは大きい。それでも今挑戦しなければ後悔につながると覚悟を決めた。そこから人生のどん底を味わうことになることは、まだ気付いていなかった。
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