第17回
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「小母さん?」
大樹の数歩前を歩いていた相原が、病室のカーテンの隙間からその中を覗き込んだ。
大樹は一度立ち止まり、しばらくその場で待つ。
「あら、奈央ちゃん!」相原の小母の声がした。「ごめんね、私の不注意で不便を掛けちゃって……」
「あ、ううん!」と相原は首を横に振り、「そんなことより、大丈夫? 骨折したって聞いて、すぐに来たかったんだけど…… ごめんなさい」
「いいのよ、いいのよ! それより、もう風邪は大丈夫なの? ちゃんと病院には行った?」
「うん、行ったよ。薬も貰ったし、たぶん、もう大丈夫」
「だからって、あんまり無理したらダメよ? 」そこで、あっと声を上げる。「そんな所に立ってないで、こっちに椅子があるから」
相原はカーテンを捲り、小母の所まで歩み寄った。
その後ろから、大樹はおずおずしながらカーテンを覗き込む。
「――え? あら? あらあらあら!」
大樹を見た小母は目を丸くして、大樹と相原を交互に見やる。
何となく恥ずかしく思いながら顔を赤く染めていた大樹だったが、相原もまた大樹に負けないくらいに顔を真っ赤に染めていた。
「えっと……お、同じ学校に通ってる、木村くん。その……私の……」
その先を相原が口にするよりも早く小母はにっこりとほほ笑んで、
「はじめまして、木村くん。奈央の小母で、相原文子です。奈央がいつもお世話になっております」
頭を下げる小母に、大樹も慌てたように深々とお辞儀した。
「あ、こ、こちらこそ、あ、相原さん……いや、えっと、奈央さん……? には、い、いつもお世話になってます……!」
しどろもどろになりながら大樹は言った。
小母は嬉しそうな笑みを浮かべながら大樹を見やり、
「二人は、付き合っているのよね?」
確かめるように相原に顔を向けた。
大樹と相原は、思わず顔を見合わせる。どう答えていいものか互いにわからず、ふたりはただ曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。だが相原がそれを否定しなかったことが大樹には嬉しかった。
たぶん、相原も大樹のことを――
「いいのよ、いいのよ」と小母は手を振り、「でも、安心した。奈央ちゃん、学校での話をあんまりしてくれないんだもの。もしかしたら上手くいってないのかしらって心配していたんだけど……大丈夫そうね」
「……うん」
相原は頷き、微笑んだ。
「あ、そうそう。せめて何か飲み物でも……」
すぐ脇の棚に手を伸ばそうとする小母に、大樹は慌てながら、
「あぁ、大丈夫です! そんな、気にしないでください! すぐに帰りますんで、おかまいなく……!」
「……そう? 遠慮なんてしなくて良いのよ?」
「て、テスト勉強あるし、すぐ帰りますから……!」
大樹のその言葉に、小母は「あぁ、もうそんな時期なのね」と感慨深げに口にした。
「一年って早いわね。もうすぐ夏休みじゃない」それから相原に顔を向け、「今年の夏は楽しみね」
嬉しそうな表情で、小母は相原に笑いかけた。
相原はよりいっそう顔を赤くし、けれどそれを否定しなかった。
大樹も恥ずかしさのあまり、思わず両手で顔を覆ってしまう。自分は今、いったいどんな表情をしているのだろうか。想像するだけでも恥ずかしい。相原とこの夏に待ち受けているかもしれないあれやこれやを妄想してしまい、その下心に嫌気がさす。そんな、そんな気持ちで僕は相原さんを見ていたわけじゃない……と言い切ることもできそうになかった。
相原もまるでそれを誤魔化すかのように、
「……じ、じゃあ、そろそろ帰るね。また明日来るから。何か要るもの、ある?」
「そうね、特にはないかな」小母はクスリと笑んで、「来週頭には退院予定だし、大丈夫でしょう。テスト勉強あるなら、わざわざ来なくていいのよ?」
「ううん。私が来たいから」
「そう?」と答えて小母は大樹に顔を向けた。「木村くん、ちょっとお願いがあるんだけど、良いかしら?」
大樹は居住まいを正しながら、「あ、はい!」と返事する。
「えっと…… なんでしょう?」
「もし良かったらなんだけど、奈央ちゃんを家まで送っていってあげられないかしら。なんなら、うちに泊まってくれてもかまわないわ」
「「えっ!」」
大樹と相原の声が重なる。
なに、その急展開。そんなことあり得る? いや、きっと小母さんはふざけてそんなことを言っているだけに違いない。僕みたいな初めて会った若い男にいきなり「泊ってくれてもかまわない」なんて本気で言うわけがない。
けれど、小母にはふざけている様子なんて全くなくて。
「……だって、不安でしょう?」と小母は眉間に皺を寄せた。「ただでさえ、うちの夫は帰って来るのが遅いのに、夜遅くまで若い女の子が家の中で独りきりとか。その点、木村くんは良い子そうだし、信用できるかなって」
まあ、初めて会ったわけだけど、と小母は笑って付け加えたが、大樹に向けられたその眼差しは至って真面目そのものだった。そればかりか、その目が大樹に何かを訴えかけているような気さえした。
なんだろう、と訝しんでいたが、すぐに大樹はもしかして、と思い至ることがあった。
小林の件である。
相原に話がいっていなくとも、保護者である小母には学校側から話がいっていても不思議はない。
むしろそういうことなのだろう、と大樹は確信した。
「無理にとは言わないわ。奈央ちゃんの気持ちもあるだろうし、そこは二人で決めて。でも、出来れば私は、奈央ちゃんの傍に居てあげて欲しいの」
大樹は相原に顔を向けた。自分には、相原を守るという覚悟がすでにできていた。
けれど、相原はどうなのだろうか。一年ほどの付き合いとはいえ、僕といきなり家でふたりきりになるのだ。思うところがないはずはない。
そんな相原は、至って真剣な眼差しで、大樹の視線を受け止めていた。
大樹は相原のその瞳を見つめながら、
「……はい」
深く、頷いたのだった。
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