第13回
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「宮野首さん、大丈夫っ?」
玲奈が瞼を開いたとき、そこには自分の顔を覗き込んでくる何人もの心配するような表情があって、一瞬誰が誰なのか、ここがどこなのか、自分がなぜここに寝転んでいるのか、理解がまるで追いつかなかった。
ぼんやりと彼ら彼女らの顔を眺めているうちに、玲奈はその面々が矢野桜、村田一、タマモ、そして、長女の麻奈であることを認識していった。
「大丈夫? ちゃんとあたしたちが見えてる?」
桜の問いに、玲奈はゆっくりと頷いて、
「あっ……、うん。たぶん、大丈夫……」
「――よかった!」
桜は眼に涙を浮かべながら、上半身を起こした玲奈の身体を抱きしめた。
「ありがとな、宮野首」
村田の言葉に、玲奈は何のことかすぐには理解できず、やがてあの闇の中での出来事を思い出して、「あっ、うん……」と曖昧に返事した。
結局、あれはどこだったんだろう。私は、どこに行っていたんだろう。いや、違う。私はどこにも行ってはいない。タマモは私が目を覚ます前に、あの闇の中で言っていた。目を覚ませ、玲奈、と。たぶん、自分はここでずっと寝ていたのだ。或いは意識を失っていた、と言うべきだろうか。けれど、と玲奈は小さくため息をひとつ吐いて、自身も桜の身体を優しく抱きしめ返した。
――無事、戻って来られたのだ。今のところは、それでいい。それで。
「まったく、あれだけ関わるなといったはずだぞ、玲奈」
タマモは眉間に皴を寄せながら、憤慨したように玲奈を見下ろす。
玲奈はそんなタマモに、申し訳なく思いながら目を伏せ、
「……ごめんなさい」
それから誤魔化すように、麻奈の方に顔を向けて、
「で、でも、なんで麻奈お姉ちゃんがここに?」
すると麻奈は優しげな微笑みを浮かべながら、
「結奈から聞いたのよ」
「結奈お姉ちゃんから?」
そう、と麻奈は頷いて、
「三つ葉中の、このお化け桜の話を玲奈がしていたって。それで、私も気になってちょっと調べていたら玲奈がこの木の下で寝ている夢を見て」
「……夢?」
「そう。たまにあるのよ、そういうことが」
そういえば、確かに祖母である香澄が、麻奈は無意識的に幽体離脱のようなものをするとかなんとか言っていた。香澄の夢枕に立つこともあると。けれど、本人はそのことを覚えていないと言っていたような気がする。それなのに、今回のことは覚えていて、玲奈のことを心配してここまで駆けつけてきてくれた……そういうことだろうか。
「結局あの子は何だったの?」
そう口にしたのは、玲奈から離れながら目頭を拭う桜だった。
それに対して、麻奈は「そうね」と口にして、
「実は、昔からこのお化け桜には噂話があってね。十数年に一度、必ずこの桜の木で首を括って死ぬ生徒が出るらしいって。実際、調べてみると十三年前にこの桜の木で首を括って死んだ生徒の記事が出てきたの。それから更に二十六年前、三十九年前、五十二年前、六十五年前――ちょうど十三年周期で、しかも十三歳の生徒ばかりがこのお化け桜の下で亡くなっていたのよ。それよりも前の記録は見つけられなかったけれど……」
「十三年――何か意味があるのか? アイツは何か言っていたか?」
タマモの問いに、玲奈は首を傾げた。
アイツ? いったい、誰のことだろうか。
「まだ何も」と麻奈は首を横に振って答えた。「そもそも、いつからそんなことが起きていたのかも解らないから。たぶん、ここに中学校ができた辺りからだとは思うんだけれど」
そのうち、わかるんじゃないかな。そんな曖昧なことを、麻奈はタマモに言って微笑んだ。
タマモは何だか釈然としない、といった表情で「まぁ、いい」と首を横に振った。
それからふたりはお化け桜を見上げて、玲奈たちもそれに倣うように木を見上げた。
大量の花弁が、一斉に散っていく姿がそこにはあった。
まるで吹雪のように、ピンク色の花弁が、玲奈たちの周りに降り積もっていく。
恐らくもう、この桜の木で首を括る生徒はいなくなるだろう。それに、桜の木自体もこのまま枯れてしまうのではないだろうか。
あの闇の中で、タマモはたぶん、この桜の魂を焼き払ってしまったのだから。
玲奈はそんな散りゆく花びらを眺めながら、
「――昔、ここに家があったの。たぶん、大きな家」
「……家?」
首を傾げる麻奈に、玲奈は「うん」と答えて、
「そこに、女の子がいたの。小さな女の子が。女の子は病気になって、ずっと寝たきりで、庭に植わっていたこの桜の木だけがお友達だったの。やがて女の子は桜の木に見守られながら、ひとりぼっちで死んじゃった。お父さんにも、お母さんにも、お兄ちゃんにもお姉ちゃんにも看取られずに、ひとりぼっちで。女の子の家族は、女の子をこの桜の木の下に埋葬することにした。それから戦争が起きて、みんなバラバラになっちゃって…… 女の子は独りぼっちでこの木の下に残されて、ずっと寂しくて、悲しくて…… だから桜の木は、彼女にお友達を――お兄ちゃんやお姉ちゃんの代わりになる子を、女の子に与えることにした。女の子にはたぶん、仲の良かった十三歳くらいのお兄ちゃんかお姉ちゃんがいたの。だから桜の木は、ここに中学校が建てられたとき、十三歳の子ばかりを狙って、自殺するように唆していった。けど、それがいけなかった。桜の木は十三年の歳月をかけて、徐々にその自殺した子の魂を幹の中に取り込んでいったの。たぶん、桜の木もそんなつもりはなかったと思う。取り込まれてしまった魂はもう使い物にならないから、新しいお兄ちゃんやお姉ちゃんが必要になって、十三年ごとに通っている生徒を狙うようになってしまった――んだと、思う」
そこまで言って、玲奈は口を閉ざした。全員の視線が、自分に向けられていたからだ。
どうしよう、突然こんなこと口にして、信じてもらえるんだろうか。そもそも、私はどうしてこんなことを口にしてしまったんだろう。確かにあの闇の中で、女の子を抱きしめた時に視えたことではあるけれど、それにしてもこんな皆の前で言うようなことではなかったんじゃないか、と焦りを覚え始めた時、
「……それが視えたの? 玲奈」
麻奈が膝を曲げて腰を下ろし、玲奈と同じ目線にあわせながら、そう訊ねてきた。
「……あ、うん」
玲奈は優しい麻奈の眼に見つめられながら、小さく頷いた。
「そっか」
と麻奈が頷いて――ふとその姿に、玲奈は違和感を覚えた。
長いこげ茶の髪に大きな瞳、うっすらと桃色に染まる頬と紅い唇。茶色いニットの上着に黒いタイトスカートと、そして同じく黒のタイツに包まれたすらりとした長い脚……けれど、あの闇の中で眼にした姉の髪は真っ黒で、肌ももっと白かったような気がする。よくよく見れば、微妙に目元が違うような……? いや、違う、逆だ。こちらの方が自分のよく知る長姉の姿なのだ。姿かたちはよく似ていたけれど、あの闇の中で見た姉は微妙に印象がズレていて。
「……玲奈には、そんな力があったんだね。結奈とはちょっと違う感じ?」
「――へ?」
玲奈は呆気に取られて、
「え? なに? 力? どういう意味?」
と桜と村田も首を傾げた。
そんな三人に、けれど麻奈は特に説明するつもりもないらしく、
「タマちゃん、今から詳しく教えてもらえる?」
するとタマモは大きくため息を吐いてから、
「――それは良いが、香澄には言うなよ。お前には秘密ということになっているんだから」
「わかってる。あんまりおばあちゃんの心配事、増やしたくないしね」
それから玲奈たちに顔を向けて、
「まぁ、あんまり危ないことに首を突っ込まないようにね、玲奈。じゃね」
「……それはお前も一緒だろう、アサナ」
「さて、なんのことかしら?」
「誤魔化すな。じゃあな、玲奈。お説教はまた夜にしてやるから、覚悟しておけ」
「あ、う、うん……」
返事する玲奈に手を振って、麻奈とタマモはふたり並んで去っていった。
それを玲奈たちは三人して茫然と見送ったところで、
「――ねぇ、宮野首さん」
桜が神妙な面持ちで、玲奈に顔を向けた。
「あたしにも宮野首さんたちのこと、詳しく教えてもらえる?」
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