第13回
彼はもう一度映像の方に視線をやり、そして隣の女の子に眼を戻した。そこにはただ佇むだけの少女が居るだけだった。何も感情を感じさせないその少女に対して、彼はそれ以上話しかけることができなかった。彼女の目に映っていたものは虚無であり、希望も絶望も感じさせず、ただ目の前の現実をあるがまま受け止める、ただそれだけの人形か何かのようだった。
やがて映像は女の子と腹の出た男から、同じ女の子と別の男が映る映像に切り替わっていた。その別の男もまた、腹の出た男と同様、女の子の身体を蹂躙していた。女の子は抵抗一つしていなかった。ただされるがまま、求められるがまま、その身体を男に預け、茫然と虚無を見つめているだけだった。そしてまた腹の出た男に犯され、年老いた老人と交わり、気真面目そうな男に襲われ、二人組の小汚い若い男どもに嬲られ、甲高い笑い声をあげる奇妙な中年に弄ばれ――次から次へと、女の子は代わる代わる男どもに――時には女どもに――ただその身体を委ねるばかりだった。
彼はその映像を、眉を顰めながらじっと見つめた。目を逸らすことができなかった。いや、逸らそうとは思った。逸らしたかった。けれど、逸らした先に居るのは映像に映る女の子を『知らない子』と言い張る、瓜二つの女の子で。
女の子は無言だった。彼も無言だった。流れ続ける見るに堪えない映像と、聞くに堪えない音声が、ふたりを包み込んで抜け出すことも出来なかった。
なんで、どうしてあの少女は抵抗しない。泣かない、叫ばない。男どもの手を、足を、一物を、なんでああも簡単に受け入れるんだ。あんな年端もいかない娘を、あいつらは、何故。酷く惨いその仕打ちを、彼らはいとも容易く、自分の行動を疑うことなく行えるのか。
「……あ」
不意に隣の女の子が小さく呟き、彼は彼女に目を向けて、
「どうした」
と彼は問うた。
「あの人」
女の子の指さす先――映像に映し出される女の子と、一人の若い男に彼は視線を向けた。
「あの人が、私に文字を教えてくれたの」
映像の中で、若い男は優し気に女の子に文字を教えてあげていた。歳はいったいどれくらいだろうか。彼はその男の姿に見覚えがあった。あれは、いったい、どこでだっただろうか……
「文字だけじゃなくて、言葉も教えてくれた。とても優しかった。好きと嫌いを教えてくれたのもあの人よ。私はあの人が好きだった。だけど……」
女の子がそう言った次の瞬間、ざらざらと映像にノイズが走った。女の子に文字や言葉を教えている若い男のその姿と、お互いに裸になって抱き合うふたりの姿――いや、若い男がただ欲望の赴くままに、女の子の身体をまさぐっている――映像が入り乱れ、重なり、やがてプツリと映像は途切れて消えた。
「あの人も、結局あいつらと一緒だった」
隣に立つ女の子は、感情を押し殺すように低い声でそう言った。
ブウン、と電子的な音が辺りに響き、再び二人の前に映像が映し出された。
『――ほんと、使えない娘』
映し出されたのは、ぼさぼさの長い髪を振り乱した化粧の濃い裸の女で、シミだらけの白いシャツに身を包んだ女の子を見下ろしながら、
『野郎どもの相手しかできないくせに、誰のおかげでメシが食えてると思ってんのよ、あんた。わかってる? あんたが何にもできない馬鹿だから、仕方なくあたしらが野郎どもを連れてきてあんたに相手させてあげてんの。もしあたしらが野郎を連れてこなかったら、あんた今頃どうなってたかわかってる? メシだって食えないし服だって買えないの。誰のおかげでそこまで育ったと思ってんの? ホント、あんたみたいな無能なんて産むんじゃなかったわ。まさかこんな馬鹿だとは思わなかった。家の掃除一つできないなんて、あんたの頭はやっぱりただの飾りよね。ついてんのか、ついてないのか、わかりゃしない。いい? あんたはあたしらの言うことを聞かないとすぐに野垂れ死んじゃうのよ。それくらいあんたは馬鹿なんだから。あたしらの言う通りに野郎どもに抱かれてなさい。顔だけは綺麗に産んでやったんだから、せめてそれくらいのことをしてでも金を稼いで、あたしらに孝行してもらわないと、あんたを産んだ意味なんてないようなもんよ。だって馬鹿なんて死んでるのと同じなんだから。馬鹿は馬鹿らしく、あたしらの言うとおりにしてなさい』
それから再びブウン、と映像が切り替わる。
裸の女が顔を真っ赤にしながら女の子を力いっぱい突き飛ばし、その身体を蹴り上げながら、
『なに廊下の真ん中を歩いてんのよ、汚いゴミ女が! あんた何様のつもり? お前みたいなクズは端っこを這いつくばって歩けって言ってんでしょうが! 何度も言わせんな! できそこないの分際で! 日本語もわかんないわけ? ほんっとお前の頭は飾りものだよねぇ? ちゃんと耳もついてんの? ねぇ? 聞こえてる? 聞こえてんなら返事くらいしなさいっつってんでしょうが!』
厚化粧の女は、廊下に蹲る女の子の耳を無理やり引っ張ると、その耳元で叫び散らかし続けていた。女の子は恐怖に怯え、身を縮こまらせ、けれど抵抗することもなく目を瞑って「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り続けていた。
「……これが、お前の母親か?」
彼のその質問に、隣に立つ女の子は小さく頷く。
「わたしはこの人が怖かった。嫌いだった。逆らうこともできなかった」
けれど、と女の子は小さく笑んで、
「彼女が私を助けてくれたの」
「彼女……?」
彼が呟くように口にしたとき、さらに映像が切り替わった。
そこには、庭の井戸を覗き込む、女の子の姿が映し出されていたのだった。
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