クレナイの花嫁
ちゃちゃまる
第1話 イントロ
−−−−綺麗。
ただ、その一言に尽きた。
遠く透き通った青を背に立ち、純白のウェディングドレスに身を包んだ彼女は、荘厳で、儚げで、凛々しく美しい。
ここまで来れたんだね。リサ。
高校の出会い、徐々に距離を近づけた文化祭、勇気を出した卒業式……。
進路や就職のことで喧嘩して、悩みもいろいろ尽きなかったけど、
涙と笑いに満ちた道を経て、今、彼女たちはここにいる。
……長かったね。
思わず鼻がつんと痛くなる。
周りからの壮大な拍手に、リサは少し頬を赤らめ、横に立つ父の手を取って歩き出した。
祭壇横に立つ新郎のタケシは、温かい目でその様子を見ている。
「ほんと、無事ゴールインできて、よかったよねぇ」
「そうだよねー」
エイコは隣のアズサに応えた。
彼女とリサは、高校時代からの親友だった。
ほんと、そうだよね。
おめでとう。リサ。
これからも、ずっと……ずっと、お幸せに。
***
「……富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「「はい、誓います」」
「では、誓約の指輪を」
厳かな空気に包まれながら、タケシはポケットから指輪を取り出し、リサの薬指にそっとはめる。
彼女は口元に手を当て、鼻をすすった。
「誓いの口づけを」
新郎は、新婦を覆うベールを丁寧に上げる。
恭しいその動作からは、日頃の感謝が見てとれた。
リサの白く透き通った肌が露わになる。
タカシはその背中をそっと抱きしめ、体を寄せる。
高くかけられた十字架がより一層、その場と調和する。
−−−−そして、重なり合う二人の唇。
列席者一同がその歓喜に思わず席を立とうとした、その瞬間。
ふっ、と辺りに暗闇が襲った。
それまでの雰囲気と一転した、濃く、冷たい、闇。
「えっ……!?」
突如のアクシデントに、どよめきが立つ。
「て、停電……?」
アズサの不安な声に対して、エイコは小声で制す。
「いや、多分大丈夫」
エイコは、すぐにピンときた。
(これは、新郎のサプライズかも)
リサから以前より、タケシは無類のサプライズ好きだと聞いていた。
何かしらのパーティーがあるたびに、とんでもないサプライズを仕掛けるのもだから、彼の知人は、それが楽しみのひとつになっているほどだ。
だから、今回も何かサプライズを仕掛けていてもおかしくはない。
何しろ、彼は、今、結婚式という人生の大きな晴れ舞台に立っているのだから。
それを知ってか、他の参加者も必要以上に騒いでいなかった。
むしろ、彼のために、わざと慌てているようにも見える。
そうなれば、一時でも本気で停電を心配した自分が恥ずかしい。
……それにしても、何をするんだろう? 最新の立体映像とか? それとも、明かりがついたら衣装が一新しているとか?
エイコはワクワクして、その仕掛けを待った。
彼はITベンチャーの社長でもあった。壮大なサプライズになるかもしれない。
…
……
………
……しかし、どれほど待っただろうか?
一向に、暗闇が晴れそうにない。正直、サプライズだとわかっていて待たされる身にもなって欲しい。
辺りもその違和感に気づいてか、一度収まった「どよみ」が再び起こりはじめた。
今度は、ウソ偽りのない、本気のどよみ。
「ねぇ……」
たまらずアズサが声をかけてきた、その瞬間。
パン、パアン!
「きゃあっ……!」
「おいっ! なんだっ!?」
この場に似つかわぬ銃声が二つ、教会中に響いた。
エイコとアズサは悲鳴をあげ、その場にかがみこむ。
「おいおい……。いくらなんでもやりすぎだろ……」
右前方から男性の声。
そして、しばらくの沈黙。
先程の厳かな沈黙とは、違っていた。
もしかして、二人の身に何か?
いや、信じたくない。
信じたくないのに、嫌な予感がする。
心臓が破れんばかりの鼓動。
止まらない鳥肌と冷や汗。
まるで、暗闇の中、鬼がひっきりなしに背中を舐めているように。
早くついて欲しいという思いと、一生つかなければいいのにという思いが混ざり合って、混沌を為していた。
そして、ついに明かりがつき、教会の隅々が光で満たされた。
急な眩しさに目が細くなる。
そして、新郎新婦の様子を確認したとき、思わず口を塞いだ。
女性の悲鳴が上がり、椅子を倒すのが聞こえた。
二人は祭壇の真ん中、永遠の誓いを立てたその場所で、うつ伏せで倒れていた。
血を流しながら。
さっきの銃声は、まさか……。
「は、ぐあっははは!」
右前の最前列、新郎の親族が座る場所にいた中年の男が、突如笑った。
「こりゃあ、一本取られたな! さすがに、この場でこんなことするやつぁ、歴史上お前だけだろうよっ!」
大柄な男は、ずしずしと倒れた新郎のもとへ歩み寄る。
「おら、もうみんな、すっかり引っかかっちまった。今回もおまえの勝ちだ。もう満足だろ?」
そう。
これは、サプライズ。
サプライズ……なんだよね。
「おら、不謹慎だから、もう起きろ。……起きろって」
男は、うつ伏せのタカシを仰向けにした。
弾丸が打ち込まれた額が露わになる。
「う、うわ」
男は大きく、尻餅をついた。
そして、張りつめた空気が動き出した。
「きゃぁぁあああ!」
「おいぃ! 早く救急車!」
「医療キットとかないんか!? 応急処置や!」
「ダ、ダメです! 外部につながりません!」
「うわっ!? なんだこの煙!?」
エイコは喧騒の中、ただ一点を見つめていた。
うつ伏せに倒れ、ドレスを血に染めるリサの瞳。
新郎と同じく、額から血を流すリサの瞳。
絶望に顔を歪め、幸せなど最初からなかった、リサの、瞳。
エイコは、白目をむき、その場に崩れた。
クレナイの花嫁 ちゃちゃまる @chachamaru_techcocktail
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