『避航』
「で、あれから一ヶ月が立ちましてよ!あなた、何をやっていたんですの?少しは準備をしてもらいたいですわ」
奴隷が、働けと声をかけてくる。
くそ親父といい、天才といい、奴隷といい、上の奴も下の奴も等しく俺を働かせようとするとは。
『働いたら負け』Tシャツでも俺の周りの奴ら全員に今年は送って、働かないことの偉大さを世に知らしめたいものである。
そもそも、政治家の連中や、あくどくてプライドの高いこの学園の教師連中が働かないことの偉大さに気付いてしまえば、世界征服も楽にできるのだ。
ビバ!ニート!!
「いてっ」
俺が遥か遠くに浮かぶ幻の桃源郷を見ていると、黒川沙耶香が、俺の頬をつねってきた。
「目が死んでますわよ。全く、それじゃあこの先が思いやられますわね」
「うるせぇ」
俺はそう言うも、その言葉に覇気がこもっていないのが自分でもわかる。
この一ヶ月、俺は『新雪の巫女』を観察して彼女の能力を事細かに暴こうとした。
だが、分かったのは、彼女が恐ろしく運のいいことだけである。
島内でも超人気のパンをあと一個の所で買うというようなちょっとした運。
本島から輸入した限定十個のチョコレートパフェを抽選で引き当てる運。(凡そ1万人が応募した。)
こういったことが毎日のように起こっているのだ。
一度だけならず、何度もだ。
0.1%の事柄でも一度くらいならば起きるかもしれない。
アイスの当たりくじを引くように。
しかし、それが毎日となれば別だ。
その確率は0%になる。
俺は、雪野の日々を見て確信した。
『あいつは前回の勝負、異能の力は一切使わずに勝っている。』
それが紛れもない事実なのだ。
世の中には運というものを際限なく持つ人がいる。
宝くじで高額当選をする人。
懸賞に応募すれば必ず当たる人。
偶然が重なり願った方向に物事が進む人。
その極地が彼女なのである。
能力が発動する気配がないのは、常時能力を発動しているからなのだ。
そうしてこの一ヶ月で分かったのは、奏君の協力や、サイに頼み込んで知ったことだけだ。
即ち、
『『彼女の異能は黒川沙耶香以上。ゆめゆめ油断しないことだね』』
という言葉だけだ。
こんだけ、強敵とか面倒臭ぇ。勝つのにもそれ相応の準備がいるじゃねぇか。
はあ。早く妹に会いたい。会って、妹成分を注入したい。
何であんなクソみたいな天才の言うことを聞かなければならないのか。
なぜあんな約束をしてしまったのだ。
いっそ、あれは全て噓ってことにしてしまっていいんじゃないだろうか?
俺は、噓上等の詐欺師だしな。
そんな思考が俺の脳裏を掠める。
だが、
『契約不履行は、詐欺師としての信頼も地に落とす。詐欺師という信頼されない職業だからこそ、契約だけは守れ!騙す相手を幸せにしろ』
その信念が俺を許してはくれない。
誰に言われたか定かではないが、その言葉が常に頭によぎる。
師匠という存在がいたら、そのようなことを言われていたのだろうか?
苦労して集めた情報が示すものも、異能がやべぇってことだけ。
俺の想定が正しいのか正しくないのかは分かっていない。
普通に考えれば必敗。
きっと、他の人からみれば万に一つも勝ち目がないと思われるんだろうな。
俺はふと考える。
だが、それを払拭するように改めて本気で考える。
額に、人差し指と中指と薬指をいつものように乗せる。
そして、計算する。
俺は、ただ勝つ。
全ての人を幸せにして。
なぜなら、俺は、超一流の詐欺師だから。
最強のペテン師(嘘)が、世界と美女を奴隷にするようです(第一章完結) keimil @keimil
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