第十話 『ゲーム・スタート』

『『指スマ』は、香川天彦の勝ちとします』 


 ジーニの声が辺り一面に響く。ここ最近で、聞き慣れたゲームの終了を告げる勝利判定の声を耳に流す。


 詐欺師として働き始めて一週間。


 俺の噂はたちどころに広まった。


  だが、俺を責める者は一人もいなかった。

 中には詐欺を見破ったものもいたようだが、つっかってくることはなかった。

 何故なら、被害者が笑顔だったから。

 楽しい勝負をした。ゲーセンで500円使うような感覚。彼らは皆そう言った。

 俺は、“詐欺師”として人気者になりつつあった。


 しかし、所詮は詐欺。快く思わないものもいる。


 例えば、


「香川、香川天彦。生徒会長である私が直々にお呼びだ。感謝してついてくるがよい」

 と言う生徒会長のように生真面目な学生もいた。

 教室に入ってきたのはの美少女。

 “触れることのできないアンタッチャブル・女王プリンセス”の異名を持つ少女。


「あれが、生徒会長か?」

「初めて見たぞ」

「というか、生徒会長の挨拶くらい入学式でみせろよ」

「めっちゃ好み」

「バカ、お前、真面目な生徒会長に殺されるぞ」


 スプリーム4の一角が入ってきたことに周囲が注目している。

 だが、そんな言葉にお構いなしに

 少女は、俺の方へとずかずかと歩み寄ってくる。

 そして、俺の腕を引っ張り上げて、



「この私が呼んでいるのです。早く来なさい」



 俺の耳元で犬のようにきゃんきゃんと騒いでいた。



 ホントに権力者ってのは、ろくでもない奴ばかりだな。

 サイといい目の前のこいつといいもう少し相手の事情とかも考えて欲しいぜ。


「分かった。ついていく。だから、てめぇの薄汚い手を放しやがれ」


 (

あれ?ナチュラルに煽っちまった?


 まあ、勝負する予定だし別に冷静さを欠かせる意味では悪くないプレイングか。)

 生徒会長は期待通りに顔を紅潮させた。


「この私が黒川家長女黒川沙耶香と知っての侮辱ですか?平民の分際で生意気ですよ」


 ぶっちゃけ知らねえよ。黒川家ってどこだよ。


「いいのかぁ?そんなにどぎつい言葉遣いで。

 お前、美人なのに寄り付く男がいないって聞くぜ。

 ”触れることのできないアンタッチャブル女王・プリンセス”なんて呼ばれてるのもそのせいじゃねぇーの?

 見てみろよ周りを。男子たちが引いているぜ」


「ふんっ。愚民が何を思おうが勝手にしなさい、後で殺して差し上げますから」


 黒川は目を細めて周囲を睨む。周囲はそれだけで震え上がる。中には、教室から蜘蛛の子のように散っていく奴らもいた。


 だが、大半は好奇心の心を抑えきれないようだ。

「あれが噂のスプリーム4か?」

「”触れることのできない女王”って無敗なんやろ?」


 間近でみるスプリーム4に興奮を隠しきれない。こちらへの熱視線が生徒会長の絶対零度の眼をも溶かすほどに注がれる。



「それよりも要件は何だ?デートのお誘いかい?」


「そんな訳ないでしょ!私はあなたの悪事を正しに来たのよ」


「悪事?何のことだ?」


「っ⁉しらばっくれるのもいい加減にしなさい。あなたがやっている不正のことは沙耶香はお見通しなのよ!」


 自分のことを名前で呼ぶ女が地雷女である確率100%。面倒くさいやつだな。


「不正?ああ、『指スマ』のことか?だが、そんなことは皆知っているぞ。何か問題があったのか?」


 俺は男を知らない無垢な乙女のような、とぼけた声を出す。


「不正が問題にならなくて何が問題になるって言うのよ!」


「実際に問題になってねぇだろ?」


「とにかく、生徒会長としてこの黒川沙耶香の目の黒いうちは不正などは許しません!」


「許さない?許さないからって同意した勝負に対して、一介の生徒会長に過ぎない奴に何ができるって言うんだよ?」


「あら?あなた、そういえば転校生だったわね。奴隷勝負のことも知らないのかしら?」


 生徒会長は、水を得た魚のように、得意気に奴隷勝負のことを持ち出す。


「奴隷勝負?だが、あれにはポイントがかなりいるはずだろ?あんたごときがポイントなんて持ってんの?」


「もう一度言ってあげるわ。私は生涯無敗の天才“触れることのできない女王”と呼ばれる生徒会長よ、奴隷勝負するくらいのお金は私にとってははした金よ」


「負けたことはないって言っても数少ない奴隷勝負だけの話だろ?」


 俺は奏君に聞いていた話を持ち出した。


「いいえ、他のスプリーム4と違って私は生涯無敗よ」


 腕を組んで尊大に、傲岸不遜に、大きく、彼女は告げた。


「ほう、じゃあ、今日が記念すべき一敗目となるわけだ、おめでとう」


 パチパチ


 俺はゆっくりとした動作で手を叩いた。

 生徒会長の神経を逆撫でするように激しく余裕をもって。

 まるで幼稚園児のお遊戯会で大人たちがする拍手のように。ナチュラルな上から目線で。


「ふんっ。あんたが余裕を持っていられるのも今のうちよ。私があなたにクラスメイトの目の前で恥をかかせてあげるわ」


 顔をナポリタンのケッチャプのように真っ赤にして生徒会長は俺に向かって叫んだ。


「へぇー、いいんじゃない。やってみれば」


 俺は、その向かってきた怒りをそぐように、目も合わせずスマホを見つめながら喋った。


「ジーニ、勝負よ!早くしなさい!この無礼者を黙らせてやるわ」


『了解しました。挑戦者の名前を申してください』


「黒川 沙耶香よ」


『挑む相手は、1-A の教室にいる香川天彦でよろしいでしょうか?』


「そうよ!」


『今から、両者に勝負を受けるかの確認を行います』


 ピロリン


 ジーニがそう言うと、配られたタブレットから通知が来た。

 目の前に両者ともにいると言うのに勝負を受けるかの確認とは、面倒くせぇーな。

 そう思いながら、俺はタブレットの通知を見る。



 ”奴隷勝負は、1千万MPを使い、負ければ挑まれた方にそのお金が譲渡され、勝てば挑まれた方の財産含めた全ての掌握をできるようになる勝負です。ジャンルは公平を期すためにプレイヤーには選べません。

 それらに同意して、奴隷勝負を行いますか?

 YES/NO”



 という画面が表示される。

 俺は、構わずYESを押す。


 生徒会長の方からは通知音が聞こえなかった。

 なので、気になって、生徒会長の方を見ると、彼女もタブレットをいじっている。

 どうやら、挑戦者の方も通知は来るようだ。

 作業を終えた、黒川は俺の方を、勢い良く睨む。


「香川天彦勝負よ!」


『両者の合意が確認できました。

 挑戦者を黒川沙耶香として、香川天彦はその挑戦を受け付けたことが確認できました。

 これより、ゲームを行います。』


「ほう、ジーニも分かっているじゃないか?沙耶香の方がが挑戦者チャレンジャー、つまりは格下だってことに」


 生徒会長が、ジーニの問いに頷くと同時に、俺はここぞとばかりに相槌をうった。

「黙ってくださる。今から奴隷となる分際で私の名前を気安く呼ばないでくれるかしら」


 黒川沙耶香は、その翡翠の瞳を俺に向け、窘めるような口調で声をかける。

 流石は百戦錬磨のスプリーム4といったところか。

 すっかり、黒川沙耶香は冷静さを取り戻しかけていた。


『内容が決定しました。内容は『鬼ごっこ』です。


 鬼は、黒川沙耶香、

 逃亡者は、香川天彦です。

 範囲はこの島の”領域”として、移動手段は問いません。


 制限時間は、三時間

 決闘は今日の一六時からです

 逃亡者には、発信機がつけられ、鬼はGPSにより、逃亡者の位置が正確にわかるようになっています。ただし、矢印などの補助機能は出ず、あくまで自身の地図の読み取りの能力でやってください。

 鬼である黒川沙耶香は、一六時時点にはこの教室に居てもらい、ここを出発点とします。


 逃亡者の勝利条件は制限時間まで逃げ続けること。

 鬼の勝利条件は制限時間内に逃亡者を捕まえること。


 捕まえるとは、鬼が逃亡者のことを累積10秒間触るか、ジーニが用意した銃で鬼が逃亡者に撃って当てることです。


 用意する銃は、一つで、実弾ではなく害のない弾とします。

 射程距離は、500mです。

 当たり判定、また、累積秒数は学園で配布されているタブレットに記載されます。

 』


 ジーニの無機質な声が聞こえた。


「ふふふ。日頃の行いね。私の得意種目よ、これ。勝負あったわね。降参して、奴隷になった後のために私のご機嫌を伺っておいた方がいいんじゃないかしら」


「言葉を重ねることしかできないのかな?生徒会長さん。ジーニはあくまで公平だぞ。お前が仮に得意だったとしても逆に言えば俺も得意ってことになるだろ?バカなの?お前、黒川家だか何だか知らねーけど、家柄だけのお嬢様かよ。精々、政略結婚の道具にでもなっておきなよ」


「決めたわ、あなたの奴隷としての最初の仕事を」


「ほう」


「あなたの最初の仕事は、舌を使って私の部屋を掃除してもらうわ、もちろん、トイレも含めて」


 黒髪の少女は、嗜虐的な笑みで俺を見つめた。

 彼女は既に勝利を確信するように、勝利後の世界に思いを馳せている。


(どういうことだ?明らかに俺に有利なルールだ。サイが何か細工をしてくれたのか?)

 俺は呑気に考えていた


 *

 俺は、原付や車などの様々な移動手段を用意したり、煙幕などを自宅に取りに行ったり配達をしてもらったり、に頼み事をしたりした。



 そうしていたらあっという間に開始15分前となった。俺は、紅葉学園の反対側に位置する場所、最もあの場所から離れた場所に来ていた。


 この島では、殺人や傷害以外のあらゆる法律は免除されている。なので、免許のもたない俺でも、車を運転してよく、車で来る手もあったのだがそれはやめた。


 理由は原付になれていることと、小回りが利くからだ。もちろん、も用意はしてあるが、相手の実力が確実には分からない初手としては慣れている原付がいいと思った。


 正直な話、俺が敗北する可能性はないと思っている。


 何故ならこの勝負は、圧倒的に逃げる側が有利だからだ。

 仮に、見つかったとしても、同じスピードで進む乗り物ならつかまりようがないのだ。

 だからこそ、俺は、見晴らしのいい場所に陣取ることにした。どうせ、向こうはこちらの位置がわかるのだからこれが最善手だ。

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