第三話 『意図』

 独特な甲高い機械音の説明は一時間以上にも及んだ。

 にも関わらず、結局、今、知りたい情報は、

『紅葉学園に入る方法は、アラビスカ通りに行けば分かります。』

 という簡素な一文で終わったのだった。


「じーくんありがとー!」

 アラビスカ通りの情報をジーニが俺に伝えてきた瞬間、タイミングよくあのうさん臭い声がした。


「てめぇ、そのくらいホントは知っていたんじゃないか?詐欺師が!」

「あれれ?詐欺師っていうのは自己申告かなぁ?元、詐欺師さん」

 俺の本性に差し迫る言葉をサイは世間話の延長で口にする。


「うるせぇよ。そんな最低くそ野郎をあの親父から奪ってまで利用しようとしている奴がよくいうぜ」

「ははは。確かにねぇ。お互い様だよねぇ」

 笑いながら声の持ち主は、俺の言葉をそよ風のように受け流す。


「で、アラビスカ通りっていうのはどこにあるんだ?」

「…」

「聞こえているんだろ?」

「…」

「てめぇのご自慢のシステムが聞こえないはずねぇだろう?さっき言っていたよなぁ?」

「あれれぇ?おかしいぞぉ。天彦君の声がちっとも聞こえないぞぉ。どうやら、私の自慢の通信システムが故障しているようだ。これぞ、猿も木から落ちるならぬ、天才も凡才に落ちるってやつだねぇ。困った、困った」


 某夕方にやっている小学生の名探偵ばりにわざとらしい『あれれぇ?おかしいぞぉ』だった。

 ようは、この天才様は、俺に一切説明をする気がないらしい。

 (はあ、どうやってアラビスカ通りにいくかなぁ。愛菜にでも聞いてみるか。)

 

 天才が説明してくれないのでため息をつきながら、どうやってアラビスカ通りとやらに行けばいいかを悩んで途方にくれていたらいたら、いきなり肩を叩かれた。


「端末です」

 黒い執事服を着た大男が短く喋って、俺に黒く光る端末を差し出してくる。

 俺はその黒ぐろとした物体を見て口元に手をあてる。妹との悲劇--人面魚事件--を思い出して気持ち悪くなったのだ。

 だが、それを受け取らないでいると、執事服の男がフランケンシュタインのような巨体の圧力で俺に非難を向け、その巨体の見た目通りの力強さで俺の手に携帯を押し付けてきたので仕方なく受け取った。


 恐らくはこの端末が、学生に無料で配られているという端末なのだろう。この端末には学園のルールや、島内地図アプリ『スカイロケット』、個人証明書、島内での保険証代わりなどなど多彩な機能を備えているらしい。授業もこれを使うそうだ。

 とはいえ、今必要なのは地図機能だけだ。


 液晶の画面をタッチして、電源を入れる。俺が推測したように配布される無料の端末らしい。この端末専用の地図アプリ『スカイロケット』を見つけた。

 それを起動させる。端末の仕組みは従来のスマートフォンとほとんど同じで使うのに苦労はしなかった。


 『スカイロケット』のアプリは某有名地図アプリと同じような使い方だった。

 上にある検索欄にアラビスカ通りと入れて検索する。

 本家の地図アプリと同様、青い矢印が地図上に出現する。その下に案内開始ボタンがあるのでそれをタッチする。

 すると、今度は赤い矢印が空中、、に出現した。


「その矢印はねぇ、自律型分子に光の反射の機構を添えた私のオリジナルの作品なんだぜ」

「…通信は故障していたんじゃねぇのか?」


 それと何を言っているか分からん。自律型分子ってなんだよ。


「偶然にも、今ちょうど直ってしまったんだよ。天才だから直すのも得意なんだぜ」


 俺のとげとげしい声も、梱包材が何重にも巻き付いているらしい天才様の精神力には無力なようだ。

 はぁと、諦めのため息をついてその矢印に沿って進んでいく。理屈は分からなくても赤い矢印は分かりやすく俺を案内してくれるのだった。

 *


 アラビスカ通り。

 名前からしてアラビア半島とかが関わっていたりするのかと思ったが、アラビア語のアの字もなかった。

 というか、そんな通りはどこにもなかった。

 あるのは、本土でもよくある牛乳瓶を掲げたコンビニと、赤い郵便ポストだけだった。

「てめぇのマシーンまた壊れているんじゃねぇか?」


 通話を切っていなかった通信アプリに向かって皮肉混じりに声をかける。


「おいおい、君、頭大丈夫かい?アラビスカ通りは目の前にあるよ」

「ねぇよ」

「ないわけないだろ?」

「無いって言っているだろ?てめぇも高層ビルから降りて来て、見てみろよ」

「あはは!ここで、私の監視を逃れることができないことは話しただろ?」


 脈絡のない言葉を天才様は発してきたので、凡才は凡才らしくその言葉の意味について考える。

 しばらく考えていると、脳に小さなスパークが起こる。

 俺はその考えを確かめるように、傷一つない携帯に向かって、自分の考えをなじませるように、ゆっくりゆっくり話始める。


「…つまり、お前は俺がどこにいて俺の視界に何が写っているかもわかった上で目の前に入口があるって言っているってことか?」

 そうなのだ。彼は、ナノカメラだかというものでどこにいても、誰に対しても監視ができるはずなのだ。それを踏まえれば俺が目の前にあるはずのものを見逃しているという可能性が一番高くなる。

 アラビスカ通りという見るからに大きそうなものを見逃すはずがないと思いながらも俺は、その可能性について言及した。

「ふふふ」

 しかし、俺の質問には何も答えず、サイのウザったい笑い声だけが天高く空に消えていった。

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