第22話 ちなつとけいし(8)
「あぁ、もう疲れた……」
けいしは持っていたペンを投げ出すと、大きく伸びをした。
「静かに」
唇の前で指を立てて諫めるちなつ。
「もう疲れちゃったの?まだ始めて一時間しか経ってないのに」
呆れた目で時計を見上げつつ、声量を落として言う。
「むしろ一時間も頑張ったのを褒めてほしい」
完全に集中が切れたらしい。けいしは弱々しく言って突っ伏してしまった。
十一月も後半。来るべき期末テストに向け、二人は図書室で勉強していた。
テスト前ということで図書室は混み合っていて、いつものように二人きりでのんびりお喋りというわけにはいかないが、人混みのなか、それでも二人で勉強する時間がちなつは嫌いではない。
しかしどうやらけいしはもう限界のよう。
普段から勉強する習慣があるわけではないけいしにしてはたしかに頑張ったほうではあるが、高等部のテストは中等部より難しく科目数も多い。ちなつの胸にはやや不安が残る。
「今回のテスト、赤点取ったら終業式のあと補習だよね?」
「あー、そうらしいな」
他人事のように言うけいしを、ちなつはじとっとした目で見る。
学校行事の類に一切興味を示さない彼は、やはりあのことにも気づいていないらしい。
「今年の終業式、十二月二十四日なんだよね」
肩を回していたけいしの動きが止まる。
ちなつは追い打ちをかけるように続けた。
「二十五日は家族と過ごすから、イブはけいしくんと過ごそうと思ってたのになぁ」
そして大袈裟にため息をつく。
「けいしくんは、私より補習がいいんだね」
冷たい目線を送ると、けいしはがばりと起き上がってちなつの手を握る。
「わ!?」
突然のことにぎょっとするちなつの目をまっすぐに見て言った。
「それは違う」
大きな黒い目で見つめられてどきまぎしながら、ちなつはそれでも続ける。
「……説得力ないよ」
いくら気持ちがあったとて、結局サボって補習になるのでは意味がない。ここはいつものようには絆されず、厳しくいこうと判断したのだ。
けいしは無言で手元のノートを眺め、にわかに立ち上がった。
「けいしくん?」
「参考書借りてくる」
そう言って数学の本棚へまっすぐ向かって行く。
授業さえとてもまともに受けているとは言えないほど勉強が嫌いなけいし。そんな彼が自主的に参考書を借りに行くなんて初めてのことだ。
遠ざかっていくその愛しい背中を、ちなつは静かに見つめていた。
「頑張ろうね、けいしくん」
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