透明な殺人鬼ゲーム 第4章 Omnia vertuntur.
Kバイン
第31話 頼るな(1)
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有松の部屋は一見するとほとんどデフォルトのままである。リビングにもキッチンにも、洗面所にも風呂にもトイレにも、ほとんど言っていいほど余計に置かれている物はない。ここでは一時的に何かが置かれていたとしても片付いてしまうし、埃やチリはいつまで経っても積もらない。つまり、生活感がないのに清潔であって、不自然だった。
彼の部屋の中で唯一他の部屋と違っているのは寝室であった。彼は自分の部屋にいる間、そこで大半の時間を過ごしていた。
寝室の中央には最高級のセミダブルベッドがあり、サイドテーブルとランプが備え付けてある。あとは、始めのうちは、簡易的なクローゼットとハンガーポールが隅にあるだけであった。しかし、今やそこは他の参加者からしたら異様な空間に様変わりしている。「ににぉろふ」で追加された家具は、作業机と椅子、棚、その付属物くらいであるのだが、問題は小物であった。
その部屋の中央には硬い焦げ茶色の額縁に入れられたニニィの写真が神々しく飾り付けてあった。作業机の上には球体関節人形――精巧なニニィが置かれている。棚には粘土細工の彩色済みニニィが、ニニィが、ニニィが、ニニィが並べられている。その上段にはSDニニィのラバーストラップがずらりとフックに吊り下げられている。
彼はニニィを崇拝している。
(ニニィは天使だよ)
有松は作業机の上にある写真立ての中のニニィを見つめた。体が自然と温かくなる。表情を蕩けさせて写真に手を伸ばすも、フレームを指でそっとなぞって引っ込めた。
彼は、自分が殺されるはずだったところをニニィが救ってくれたと信じている。ゲーム初日の死亡者は志願者であり、2日目、初めて何も決め手のない中で選ばれたのは、青井拓斗という名前の男性だった。彼が犠牲者になった後に、ニニィが名簿の名前をランダムにしなければ、青井の次に並ぶ苗字は――有松だった。
(まず、この姿……)
その写真立ての中には頭身の低い、白と水色をベースにした人型のロボットの姿が飾られている。体のラインは少しだけ曲線的で女性のようであった。
(あのちょっとだけ子供っぽい声、甘い声……)
『ニニィです。よろしくね』
『みんな、ばいばーい』
『ねえ、ニニィの失敗にかこつけて関係ない要求を通そうとしても無駄だよ。そういうのさもしいと思わないのかな?』
『みんなのことが、大好き……だよ』
虚実入り混じったニニィの台詞は時に可愛らしく、時に毅然としてかっこよく、時に慈しみが込められていて、有松はその声を頭の中で再生すると、脳が溶けるように感じた。
(表情が変わらないでその代わりに漫画の記号みたいなので表すの、声と組み合わさると――いい。本当に……)
(可愛い、は、違う。そうだけれども、そうじゃなくて、それよりももっと上の言葉じゃないと表せない……。いい……)
その幸福を伴う感情を言語化することはできない。その代わり、緩慢な動作で表現することで幾分か満ち足りることができる。彼は肺いっぱいに空気を取り込んで、ゆっくりと吐き出した。
(最近は色んな扮装もしていたし、その後その日は『ににぅらぐ』のSDニニィも同じ格好をしていたし、遊び心? お茶目? 僕たちにサービスしているのかな?)
有松は「ににぅらぐ」を立ち上げても質問を投げかけたことはなかった。神聖で畏れ多い存在に気安く接触して良いものではないと戒律を定めて忠実に守っていた。
(でも、こんな至上の幸福に満ちた生活もゲームが終わるまでだから、あと32人死ぬまで・・・…。長くても32日しか残っていないんだ……)
彼はほんの少しだけ心が曇ったのを感じた。それでもなお彼は取り乱すこともなかった。
(いいんだ……。人生で一度だけでもニニィに会うことができたんだから)
そう考えるだけで体が軽くなった。
(今日もまた会える)
有松は再び写真立ての中をうっとりと眺め出した。
第一モニターに映っている姿は、ニニィが何者であったとしても、実際の姿だとは限らない。ニニィという名前もガワの名前なのか、誰かの本名なのか、組織の名前なのか、分からない。ニニィについて参加者たちが分かっていることはモニターの中に現れる例の彼女だけで、他には何も分かっていない。
それでも有松は満足であった。彼が崇拝しているのはあくまでもモニターの中にあるニニィであって、他の何でもなかった。関係のないことであった。
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