第5話 祖父に会いに行かなかった私の話。




私の父親ほどクレイジーではないが、母方の祖父もなかなかに面倒な人だった。




とにかくあまのじゃく。

人のやることにケチをつけたがる性分の人である。




私の就職が決まって祖父に挨拶に行った時、「○○ちゃんは水泳選手になるかと思ってたのに」とか意味不明のことを言われた。

言っておくが私は美大に通っていた。部活は中学の時はバレーボール部で、高校は吹奏楽部だった。

高校の水泳の授業は選択方式だったので、高校では水泳の授業は受けておらず中学止まり。


確かに私は水泳が得意ではあった。

祖父は小学生の夏休みには毎日プールに連れて行ってくれ、「○○ちゃんは水を怖がらない」と大層褒めてくれた。

だが、所詮その程度だ。競技の世界に身を置いたことなど一度もないのに、なぜその言葉が出てくるのかマジで謎だった。


今思えば、多分孫がどんな職業に就くかより、将来有名な人になって欲しいだけだったのだろうと思われる。

現に、私の絵を見てもケチをつけるばかりだったのに、大きな賞を取った時だけ褒められた。ちなみに母とは違って祖父は完全な素人である。

ちょっと卑屈になりすぎているのかもしれないが、私という人間は嫌な記憶が残りやすいので許していただきたい。

そして見栄っ張りな祖父の第一希望がスポーツ選手だったのだろう。

あまりにも競技の世界を舐めすぎていてびっくりするし孫の何を見て来たんだ。




そんな祖父も今年亡くなった。

二、三年前からがんを発症して、もう長くないとは言われていたので覚悟はできていた。

問題は、死期が近くなった祖父に会いに行くかどうかだった。


私には祖父を絶対許せない出来事があった。

就職して、私は精神を病みまくった。

会社に行きたくなくて死を考えたことだってある。

それまでの私は自殺をする人がよくわからなかったのに、その気持ちが痛いほど理解できてしまっていた。

そんな人生で最大に精神が危うい私に向かって祖父は「お前の我慢が足らんからだ」と言い放った。職場でのことを何も知らないくせに。

そのほかにも私が悪いといったことを延々と言われた。あまりにもショックすぎて細かい内容は覚えていない。ただ、大粒の涙を流す私に向かって、祖父はずっと説教して来た。


相手がどう受け取るかなど考えず、自分が言いたいことだけを言う。自分が悪いなど微塵も思っていない。

正しいことを言ってやったと思い込んでいるその思い上がりに吐き気がした。

私は今でも祖父のことを許していない。



その事件があってから今年で10年近く経つが、その間祖父には一度しか会っていないし、その一度ももれなく嫌なことを言われた。こっちが何に怒っているのか全く気付いていなくて呆れる。




しかし今年、いよいよ祖父の体調が悪くなり、最期の時が近いと母から連絡を受けた。

母は、最期だから、と祖父に会って欲しそうに話を進めてくるが、私はちょっと待ってくれと止めた。

祖父に悔いを残して欲しくはないが、それに対して私が我慢するのはおかしいと感じた。

多分会ってもろくなことを言わないのは分かりきっていたし、10年前のことも私は許していないし許す気もない。最期だから、と言われてもそれが? という気持ちにしかならなかった。自分でも薄情だと思うが、自分が犯した過ちの結果がこれだろ、と驚くほど自分の中の自分が冷たかった。


とは言いつつも、すごく迷った。会わなければ後悔すると、周りの人にも言われたし、自分自身もそう思ったから。でも、会いたいとはどうしても思えなかった。




そして母から連絡をもらったひと月後、祖父とは会わない、ということを伝えた。




たくさん葛藤もしたし、会ったほうがいいんだろうなとも思った。

でも、祖父に会えば自分が傷つくことは明白だった。向こうの死期が近いから何も言い返せないし、言い返したら多分後味の悪い別れになっただろうなと思った。

私の為にも、祖父の為にも、会わないという選択をした。


そして祖父は亡くなった。


最期に顔だけ見に実家に帰った。

顔を見れば、やっぱり会ってあげればよかったよかったのかな、とほんの少しだけ思ったけど、別に涙は流れなかったし特に悲しくもなかった。


でも、久しぶりに祖父の住んでいる街に帰った時、幼い頃祖父にかわいがってもらった記憶が思い出されて懐かしい気持ちになった。

いまだに嫌な記憶もあるけど、祖父にしてもらったことも思い出して感謝の気持ちも感じることもできる。


あの時の選択が正しかったかどうかなんて、多分いつまでも答えは分からないとは思うけど、散々悩んだ結果の選択だから、少なくともそういった意味での後悔はない。

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親ガチャに半分はずれた私の話。 @niizima

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