第34話 想い

「ティーナ…これ全部私のなの?」

「当然だろう」

テーブルの上に置かれた皿から視線を上げるとティーナはにっと笑みを浮かべた。

「アルフィンが獲ってきた新鮮な兎だよ。残さず食べな」

「…私…お肉はあまり食べれなくて…」

「だからそんなに細っこいんだよ。体力付けないとならないんだろう」

「そうだけど…」

「子供じゃないんだから好き嫌い言わないの!」


「ただいま…何揉めてるの」

ラウルが顔を覗かせた。

「フローラが肉を食べたくないっていうんだよ」

「…そういえばフローラ様が肉食べてる所ってほとんど見た事ないな。魚も少ししか食べないし」

だって…匂いとか食感とか…あまり好きじゃないんだもの。

ラウルは何か思いついたような顔で私を覗きこんだ。

「フローラ様。そうやって肉食べないから胸が小さいんだよ」

———え、そうなの?

「…関係ないわよそんなの…」

「あるって。ねえティーナ?」

「そうだねえ。肉を食べて身体に肉を付けないと胸も育たないね」

ティーナが私の胸元に視線を送る。

「もしかして胸がないのを気にしてるのかい?」

ないって言った!そりゃあティーナから見ればないかもしれないけど!

「確かにシャルロットと比べたらかなり貧…」

「アルフィンのバカー!」

ひどい。皆ひどい。


「だから肉を食べればいいんだよ。ほら坊やも温かい内に食べな」

ティーナが頭をぽんぽんと叩く。

彼女の作る料理は味よりも効能優先なのだけれど、ハーブや香辛料を沢山使ったそれは肉の臭みが消えていつもよりは食べやすかった。



とうとう私の呪いを解く準備に入った。

万が一を考えてラウルが森全体に念入りに結界を張っている間、私は呪いを解く術に耐えられる体力を付けないとならないというので、私の薬学の師匠でもあるティーナが料理を作ってくれる事になったのだ。


「胸を大きくしたいならあとは豆かねえ。明日は豆のスープでも作ろうか」

「フローラ様の胸とか後回しでいいから」

「今更大きくなるものなのか?」

「あなた達本当に失礼よ!」

お酒も開けて。

内容はアレだけど…おしゃべりしながら皆で食べる食事は楽しい。

ティーナもアルフィンも…他の霊獣達も、人間から外れてしまった私に親切にしてくれる。

呪いを受けた事は辛いけれど…彼らと親しくなれた事には感謝したいと思う。



「アルフィン…モフモフ貸して?」

肉を完食するためにお酒を多めに飲んだら頭がふわふわしてしまった。

「私はお前のソファじゃないぞ」

文句を言いながらも獣の姿に戻ったアルフィンにしがみつく。

「フローラ様?!何で他の男に抱きついているんだよ!」

ラウルが騒いでいるけど聞こえないもん。

ふわふわでモフモフ…幸せだ。

「このモフモフもシャルロットだけのものになっちゃうのかあ…」

呟いたら長い尻尾が背中を撫でてくれた。


「本当にこの子は昔から獣に埋もれるのが好きだねえ」

「…ティーナの手も好きよ」

少し冷たいけれど優しい手は、肉親を知らなかった〝ララ〟にとって母親を連想させるものだった。

「…私が魔女じゃなくなっても…こうやって会いに来てくれる…?」


「当たり前だろう。あんたは私の大事な娘なんだから」

ひんやりした手がお酒で火照った頬に気持ちよくて。

ゆっくりと自分が眠りに落ちていくのを感じた。




「ん…」

息苦しい。

…この感覚には覚えがある。

唇を塞いで口内に侵入するこれは…!

「っラウ…」

「起きた?」

目を開くと強い光を帯びた黒い瞳が私を見つめていた。

周りを見回すと、ソファの上で…ラウルに抱き抱えられて、彼の膝の上に座っていた。

あれ…?


「ふたりは帰ったよ。貴女を寝かせようかと思ったけど、ムカついたからやめた」

ムカついた…?

「俺の前で他の男に抱きつくとか許せないんだけど」

「…あれはそういうんじゃ…」

モフモフ目当てだから!

「あんな目でおねだりして…気持ちの良さそうな顔して…」

「そ…それは酔ってたから…」

「酔ってたら何してもいいの?」

まずい。

ラウルの瞳に浮かんでいるのは怒りや嫉妬だけでなく…それ以上の熱を帯びていた。

「ごめんなさい…」

「謝っても許さない」

ラウルの顔が私の首元に近づく。

「んっ」

首筋を強く吸われて身体がびくんと震える。

「俺がどれだけ我慢してるか分かる?」

跡が付いたであろうそこに今度は優しく口付ける。

「結婚前だからとか立場だとか…色々考えてたけど」

私を抱えたままラウルは立ち上がった。

「好きな人と一緒に暮らしているんだから。もう限界なんだよね」




「ラウル!待っ…」

私をベッドの上へ投げ出すと、ラウルはすかさず覆い被さってきた。

「フローラ」

明らかに欲を帯びた瞳が私を見下ろす。

「正直に答えて欲しいんだけど」

長い指先がさっき吸われた首筋をそっと撫でた。

「俺に抱かれたいと思った事、ある?」

は…?

一瞬の間を置いてラウルの言葉を理解した途端、一気に顔が熱くなった。

「そ、そんなの…!言える訳ないじゃない!」

「———それは思った事があるって事だよね」

険しかった表情が一転して…嬉しそうに頬が緩んだ。

「……」


———この身体では未だないけれど。

過去にはそれなりの経験をしてきたのだ。

毎日のように濃厚な口付けをされて…そういう気持ちにならない方がおかしいじゃん!


耐えきれずに顔を背けようとしたけれど、顎を掴まれてすぐ戻される。

「良かった。流石に無理やりは気が引けるからさ」

子供のような笑顔で———けれどその瞳には熱い熱を帯びたまま、ラウルはゆっくりと顔を近づけた。

「二十五年分の想い、覚悟して受け取ってね」

そして唇を塞がれ———



翌日。

「フローラは体力付けないといけないんだろ!奪ってどうするの!」

昼過ぎてもベッドから起き上がれない私に事態を察したティーナにラウルはこんこんと説教をされ。

その日の食卓に出たのは、遠い東の国ではこういう時に食べるのだという、赤い豆と穀物を一緒に炊いたものだった。

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