第30話 ダンス
アルフィンとシャルロットが退出するとダンスタイムが始まった。
「何とか終わって良かったな」
「そうね…」
壁際で喉を潤しながら、色とりどりのドレスがくるくる回るのを眺める。
眺めている分には綺麗でいいんだけどね…。
「私達も帰りましょうよ」
「殿下と約束があるでしょ」
ちっ、覚えていたか。
でも…
「ラウルは私とジェラルド様が踊るのはいいの?」
「嫌に決まってるだろ。でも夜会ってそういうものだし」
ラウルは目の前を見つめながら言った。
「貴族って、良く分からないルールやら腹の探り合いやらあって、面倒だな」
「そうね…こういう世界は馴染めそうにないわ」
「———公女様に戻りたくないの?」
見上げるとラウルが私を見ていた。
「…三百年の間で八年間しか貴族として生きていないのよ。私には無理」
「そうか…」
「ラウル?」
「公主様に…フローラ様の呪いを解いたら国に連れて帰るよう言われているんだよね。ずっと離れていたから、その分手元に置いておきたいみたい」
「……そう」
「俺は貴女の望む事が一番だから。貴女はどうしたい?」
「…私はね———旅がしたいかな」
「旅?」
「いつも森に帰らなくちゃって、そればかり考えていたから」
森の生活は嫌いではないけれど。
どこにでも行かれる、自由に羽ばたく翼が欲しいと———心のどこかでいつも願っていた。
「分かった。行きたい所へ連れて行ってあげる」
大きな手が私の手を握りしめる。
「だから俺と…ずっと俺の側にいてくれますか」
……何だかプロポーズみたい。
そう言おうとしたけれど、ラウルの眼差しはとても真剣で、縋るようで…そういう眼をされると弱いのに。
思わず頷いてしまった私の手を、ラウルは更にギュッと握りしめた。
「フローラ」
穏やかな笑みをたたえたジェラルド様がやってきた。
う…やっぱり踊るの?
「ジェラルド様…私やっぱりダンスは……」
「次はスローな曲を演奏するよう頼んできたから。大丈夫だよ」
王子様め!
「フローレンス嬢。私と踊って頂けますか」
ジェラルド様の手が差し出される。
「…はい」
王子からのお願いなんて断れるわけないよね…。
(変な事されたら足踏んづけるんだよ)
不穏なラウルの言葉に送られて、私とジェラルド様はフロアへと向かった。
昔の記憶を思い出しながら何とか身体を動かすけれど、やはりぎこちなくて。
ジェラルド様のリードは流石というか、とても上手だった。
側からみればそれなりに見えているのかな…。
「フローラ、そんなに緊張しないで」
優しく微笑まれても無理です。
周りからの視線が痛いんです!
会場にいる全員が見ているんじゃないかというくらい…注目されているのを感じるの。
これだけの視線を集めても平然としているジェラルド様は…やはり王子様なのね。
「今日はありがとう」
私の背中を抱くジェラルド様の腕に力が入ると、更に身体を密着させられる。
「?私は何も…」
「夜会に出てくれた事、踊ってくれた事…。君とこうやって過ごしたかったんだ」
ジェラルド様の息が耳元をくすぐる。
「今日は色々な君を見られて嬉しかった。ドレス姿は想像以上に綺麗だし…あんな事を言える君も、ね」
「え?あ……はは」
ギルバート王子に放ってしまった言葉を思い出して顔に血がのぼる。
…すみません、嫌な相手とはいえ王子様に言う言葉ではなかったです。
「驚いたけど…ああいう可愛いところもあるんだね」
ラウルにも言われたけれど…何であんな事言って可愛いと思われるんだろう。
はっ、胸の事を気にしているのがバレバレなの?!
「———今日は私も…他の令嬢達と交流しないとならないんだけど。気がつくと君の姿を目で追ってしまっているんだ」
更にジェラルド様の腕に力が入る。
…これって踊っているというより抱き合っているんじゃ…。
「…彼は策士だね。すっかり君達は婚約中として広まってしまっているよ」
ジェラルド様がちらと視線を送った先にはこちらを無表情で見つめるラウルの姿があった。
ラウルが自己紹介したのは侯爵夫妻への一度きりだけど…あれだけで会場中に広まるのか。
貴族の噂話って怖い。
「彼はずるいね。私だって君が欲しいのに」
「…ジェラルド様……ごめんなさい私は…」
ジェラルド様は…どうしたいのだろう。
私の事を諦めるといいながら———決してジェラルド様のものにはならないと分かっているのに、私への欲望を素直にぶつけてくる。
「ごめんね、困らせて。…楽しかった」
曲が終わると耳元でそう囁いて…軽く頬にキスを落とされた。
「フローラ様。帰ったら殿下との会話を全て聞かせてもらうからね」
私を待っていたラウルの笑顔が怖い…。
その夜。
純潔は何とか守られたけれどラウルに添い寝を強要され…休まる気がしなかった。
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