第24話 呪われた霊獣

「久しぶりのモフモフ……」

私は白い毛に顔を埋めた。

温かくて柔らかくて気持ちがいい。

このモフモフも来年になったらシャルロットだけのものになってしまうのか…。

それはちょっと残念だな。


ラウルとティーナが出掛けてしまったので、アルフィンが代わりに護衛として家にいるのは分かるんだけど…何でジェラルド様とディランさんもいるんだろう。

王子様って暇なのかな。

ジェラルド様が残る事にラウルがかなり難色を示したのだけれど、二人きりにはさせないとディランさんが約束したのでラウルは渋々受け入れた。

本当にディランさんは王子優先なんだよな…。


私は床のラグの上に丸まっているアルフィンに行儀悪く寄りかかっていた。

さっきからソファに座ったジェラルド様が何か言いたそうに私を見ているけれど、気づかないふりをする。


「フローラ」

やがてジェラルド様が口を開いた。

「君は…本当にあの魔導師と結婚するのか?」

え、その話をここでするの…。

私は体を起こした。

「———呪いが解けたらすると…お父様とラウルの間で決まっているそうです」

「君の気持ちは?」

「…ラウルは私にとって一番大切な家族です」

弟子でも親子でも…夫婦でも。

呼び方は変わってもラウルが私にとって大切な存在で、家族だという事は変わらない。

多分、呪いが解けなくてもラウルはずっと…また私が死ぬまで側にいてくれるのだろう。

そう確信できるほどに、彼の存在は私の中で大きくなっていた。


ジェラルド様はまだ何か言いたそうにじっと私を見つめている。


「———君を諦めるつもりだった」

紫色の光が揺れた。

「だが諦めようとするほど…君の事ばかり考えてしまう」

紫色の瞳の奥に潜んでいる色は…あのクランの瞳の奥にあった色と…多分、同じものなのだろう。

ジェラルド様の視線に怖さは感じないけれど…応えられない相手からそういう目で見られるのは…辛い。



「人間は不便だな」

アルフィンが生あくびをした。

「欲しいものがあれば手に入れる。それだけの事ができないとは」


「———そうだな」

ジェラルド様はふっと息を吐いた。

「その点はお前を羨ましいと思うよ」

「あいつは己の願望に貪欲に生きているようだが…」

ピクリとアルフィンの耳が動いた。

「戻ってきたようだな」

一瞬ラウル達が?と思ったけれど…アルフィンの様子にそれが望まない相手だと気づく。

「アルフィン…!」

立ち上がったアルフィンを追いかけようとした私の腕をジェラルド様が掴んだ。

「ラウルを呼び戻せ」

アルフィンはそう言うと部屋を出て行った。



「———いますね」

カーテンの隙間から覗いてディオンさんが言った。

(ラウル…!)

私は心の中で叫んだ。

(———フローラ様?)

(ラウル!クランが戻ってきたの!)

(すぐ戻る)

ラウルの声にほう、と息を吐いた。

「フローラ」

「…ラウルがすぐ戻るって…」

掴まれていた腕が引き寄せられる。

「ジェラルド様…っ」

「あの男が戻るまでは私が護る」

苦しげなジェラルド様の声が耳元で響いた。



やがて外から大きな咆哮が響いた。

「や…」

それが意味するのは…。

クランに死んで欲しくはないけれど…アルフィンはもっとダメだ。

幸せそうに頬を染めるシャルロットの顔が浮かぶ。


「ディオン」

震える私を抱きしめてジェラルド様が口を開いた。

「———アルフィン殿は無事のようです。黒い獣が倒れています」

倒れて…?

「様子を見てこい」

「はっ」

「私も外に…」

「フローラ。そんなに震えて…無理だろう」

ジェラルド様の言葉に首を振る。

怖いけど…この目で確認したい。

「———」

ため息をつくとジェラルド様は私を抱き上げた。



「アルフィン!」

振り返ったアルフィンの白い毛が赤く染まっているのを見て心臓がドクンと震えた。

「怪我…!」

「返り血だ」

アルフィンは目線を目の前の黒い獣に落とした。

「殺さぬつもりだったが…すまない」

「…いいえ…あなたが無事なら…」

本気で向かってくる相手に気遣いしている隙などないくらい…分かる。


「フローラ様!」

ラウルの声にほっとして…けれど彼の表情を見てまた心臓が震える。

しまった……ジェラルド様に抱き抱えられたままだった…。

「ジェラルド様…もう大丈夫だから下ろして…」

ラウルの冷気に身の危険を感じたのか、ジェラルド様はあっさりと私を下ろしてくれた。

自分の足で立とうとして…震えがまだ収まっていなかったのかよろめいてしまった身体をジェラルド様が抱き止める。

「フローラがこんな状態だから支えていただけだ」

ジェラルド様とラウルが睨み合う。


「坊や…今はヤキモチなんか焼いている暇はないだろう」

ティーナの呆れたような声にラウルは息を吐くとアルフィンの元へ向かった。


黒い獣———クランは不規則に荒い息をついていた。

まだ息はある。だけど恐らくもう……


「クラン!」

私の声にピクリと震えると、二つの目がゆっくり開いた。

光を失いはじめた赤い目が私の姿を捉える。

「……ミ…ラ…」

かつて一緒に暮らしていた時の名前を呼ぶその目は確かにクランだった。


「全員離れて」

ラウルが杖を掲げた。

「彼に掛けられた呪いを解く」

ラウルの口から、あの森の奥の邪神の石で聞いたのと似た旋律の呪文が流れ出す。

クランを中心に丸い光の輪が現れ———やがてそれは魔法陣となった。

ずくり、と心臓の奥に痛みを覚えた。

思わずよろめきそうになったのをジェラルド様の腕が支える。

ああ———この呪文は。


これは、私に掛けられた呪いと同じものだ。

私に呪いを掛けた邪神とクランが暴いた邪神は恐らく同じ種族だったのだろう。

ラウルに気づかれないように息を詰める。

彼は私の異変に気づいたら、きっと術を止めてしまうから。


魔法陣の光が強くなる。

私の中の痛みと熱が———強くなる。

クランの身体が大きく跳ねるとその口から咆哮が上がった。

「…ああっ!」

「フローラ!」

何かが弾ける感覚を覚えた所で私は意識を手放した。

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