第23話 黒い獣

念入りに防御魔法をかけて外へ出ると…だからどうしてジェラルド様がいるのかな。

「何か御用ですか」

ラウルが私とジェラルド様の間に立った。

「聞きましたよ、貴方とフローラ様の間にあった事を」

ジェラルド様が口を開くのを遮るように冷たい声が響く。

顔は見えないけど…きっとラウルはすごく怖い顔をしているんだろうな。

「魔女の所へ王子が通うなど外聞も悪いでしょう。二度どここへは来ないでもらえますか」


ジェラルド様が私を見た。

———どうしてそんな切なそうな顔をするんだろう。

諦めたんじゃないの?

諦めてもらわないとならないのに…。


「…ジェラルド様」

私はラウルのローブを掴んだ。

「私は…ラウルと結婚するんです」

ジェラルド様の目が見開かれた。

きっとそれが一番いいんだ。

そうすればさすがにジェラルド様も諦めるよね。

「だから……」

その瞬間、ぞくりと寒気が走った。


ラウルが私を抱き寄せた。

同じく気配に気づいたのだろう、控えていたディオンさんが素早く剣を抜くとジェラルド様に駆け寄る。



そこにいたのは黒い獣だった。

赤い瞳がじっと私を見つめている。

怖い。

あの目が怖い。

光の奥に潜むあの色は———


獣が頭を下げた。

ぐっと前脚に力が入る。

———来る。


ラウルが杖を掲げようとした時、目の前に真っ白な獣が飛び出して来た。

白い獣は黒い獣へ襲いかかるとその首元へ噛み付こうとする。

それを避けると———身を翻し、あっという間に黒い獣は森の中へと姿を消した。


「ちっ…逃したか」

白い獣が吐き捨てるように呟いた。

「…アルフィン?!」

毛を逆立てて赤い目を光らせたアルフィンは…完全に戦闘モードだった。

「フローラ。あれに触れられなかっただろうな」

アルフィンは私の側まで来た。

「え?ええ…」

「絶対にあれに触れるな。印をつけられるぞ」

え?

「印って…」

まさか……


「花嫁の印だよ」

ふいに頭上で女性の声が響いた。

見上げると…真っ赤な翼を持った鳥がいた。

「———ティーナ…?」

「久しぶりだね、今の名前はフローラと言うのかい」

大きく羽ばたくと、赤い鳥は私の肩へと舞い降りた。

「顔をお見せ。———またえらいべっぴんさんになったねえ」

嘴で器用に私のフードとヴェールを外していく。

「ティーナ…フローラの顔を晒さないでくれ」

「おや、坊やはすっかり立派になったねえ」

ティーナはラウルを見上げて目を細めると、首を回してジェラルド様を見た。

「そっちの美形は誰だい」

「…ジェラルド殿下よ。この国の王子様の…」

「ああ、あんたがアルフィンのお兄さんになる」

ぴくりとジェラルド様の眉が動いた。


「フローラ…この鳥は霊獣なのか?」

「ええ…ティーナです」

ティーナは私の一番古い———ララだった時からの知り合いだ。

私に霊獣の事を色々と教えてくれた、先生であり、母親のような存在だった。

「よろしくね殿下」

翼を羽ばたかせて挨拶をすると、ティーナは私を見た。

「印をつけられる前に間に合って良かったよ」


「———あの黒い獣はフローラ様を狙っているのか?」

険しい表情のラウルが尋ねた。

「あれは霊獣なのか?それにしては気配が…」

「あれは呪いにかかっているんだよ」

呪い?

ぞくりと身体が震えた。

「どこかの遺跡で封印されてた邪神の墓を暴いてしまったらしくてね」

———私と似ている…

「フローラを狙ってこの森を目指していると仲間に聞いたからアルフィンを連れて来たんだよ。間に合って良かった」

すりすりとティーナが私に頭をすり寄せる。

「可哀想な娘にこれ以上不幸は重ねて欲しくないからねえ」


「何故あの獣はフローラを狙う?」

ジェラルド様が尋ねた。

「…同じように呪われているからか?」

「———言いたくないんだけど。あれはね…クランなんだよ」

「え……」

クラン?———あれが?

「クラン?」

「二百年くらい前にフローラがここで育てていた仔だよ。親のように慕う気持ちがこじれたのかねえ」

クランはまだ子供の時、怪我をしていたのを見つけたのだ。

森へ連れて帰り、怪我を治すと懐いてくれたのでそのまましばらく一緒に暮らしてたがある時森を出て行って…それきり会っていなかった。

「どうして…あの子が…呪いなんて……」

目の奥が熱くなる。

とてもおとなしくて良い子だったのに。

「同情はするなよフローラ」

アルフィンが私の脚に身体をすり寄せた。

「お前は情に流されやすいからな。あれはもうお前が知っているクランではない」

そんな事言われても…。

確かにあの獣にクランの面影はなかったけれど…。


「花嫁の印というのは…そもそもどういうものなのだ」

ジェラルド様がアルフィンを見下ろした。

「霊獣が一度だけ使える魔法だ。相手に触れて己の魔力を注ぎ込む事で、相手とは強い縁で結びつけられ生涯離れる事はできなくなり、他の者は手を出せなくなる」

「…あの肌の模様が消える事はないのか?」

「契りを交わせば消えるぞ」

あ…ジェラルド様の顔が強張っている。

そうだよね…アルフィンはジェラルド様の妹にその印を付けたんだものね…。

———私も人ごとじゃないのか。

そんな、望んでいない相手と離れられなくなるなんて…。


「———フローラ様に印をつけられる前に倒さないとならないな」

ラウルの言葉にはっとした。

「倒す…?クランを…?」

「同情するなと言ったばかりだろう」

アルフィンが呆れたように言う。

「だけど…」

「せめて呪いが解けるといいんだけどねえ」

呪いを解く?それなら———

「ラウル…」

私の言いたい事を察したのか、私と目線を合わせてからラウルはティーナを見た。

「その呪いを受けた遺跡というのはどこか分かるのか?」

「仲間に聞いてみれば分かると思うけど」


「フローラ様の呪いを解く前の練習台にしてやる」

不敵な笑みを浮かべたラウルは…ちょっと怖かった。

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