第20話 少女の初恋
「おかえり」
「わあ!」
家の扉を開けようとして———ドアノブに手を掛ける直前に扉が開き、掛けられた声に私は驚いた。
見上げるとラウルが目を丸くして私を見下ろしていた。
「あ……そうね、あなたがいたんだったわ」
一人じゃない事をすっかり忘れていたわ。
「どうしたの?疲れた?」
私の顔を覗き込むように近づいたラウルの顔に———思わずジェラルド様にされた事を思い出して顔を背けてしまった。
まずい、顔が赤くなってきたのを感じる。
「———フローラ様」
ラウルの声に急に空気が冷えた気がした次の瞬間、私の体は宙に浮いた。
「ラウル?!」
「とりあえず洗おうか」
私を抱き上げるとラウルはにっこりと———目は冷たいままで———笑いかけた。
「顔と口をね」
何で?!まさか今のでバレたの?!
有無を言わさず洗面所まで連れてこられて、背後にラウルの冷たい視線を感じながら私は顔を洗った。
「ちゃんとうがいもしてね」
怖い。怖くて逆らえない。
いつもよりも丁寧に顔を洗うと再び抱き上げられてリビングへと運ばれ———私を抱えたままラウルはソファに腰を下ろした。
自然とラウルの膝の上に座る格好になる。
「あ、あの…」
「次は消毒しないと」
ラウルの唇が私のそれを塞いだ。
「厄介な王子様だね」
私はラウルの腕の中でぐったりしていた。
いつも以上に濃厚な———丁寧で執拗な口付けを与えられ、更にジェラルド様との会話とされた事を洗いざらい説明させられたのだ。
「勝手にフローラ様を好きになるのはいいけど。そういう事されると困るんだよね」
私の髪を撫でる手はとても優しいけれど…声は怖い。
「フローラ様は俺のものなのに」
……あなたのものになった覚えもないの。
ラウルには強引に襲われ続けているのだけれど。
拒みきれないのは…彼に甘えたい気持ちがあるからなのだと思う。
多分…私はお師匠様とラウルを重ねているのだ。
似たような、研究に没頭しやすい性格で、同じ黒髪と黒い目を持つ二人。
お師匠様は私の家族で、大好きな…初恋の人だった。
———あれ?恋?
お師匠様に恋していたのは自覚しているけれど…ラウルには?
ラウルも私にとっては家族で…好きだけれど…この好きは家族の好き?恋?
…恋ってどういう気持ちだったっけ?
「フローラ様…何考えているの」
知らずシワが寄っていたのだろう、ラウルが私の眉間をぐりぐりと指で押し回す。
「———色々…」
「色々って?」
「昔の事とか…今の事とか…」
「ふうん」
長い指が私の顔を上げさせる。
正面に私を見つめるラウルの顔があった。
切れ長の瞳を宿した、冷たさを感じさせる整った顔立ち。
美しいジェラルド様とも、逞しいアルフィンとも違う———お師匠様とも、顔は似ていないのよね。
冷たいけれど笑うと子供みたいに無邪気に見える所もあって…きっとモテるんだろうな。
…モテる……。
「ラウルは…どこでああいうのを覚えたのかしら」
「え?」
しまった、思った疑問が口から出てしまった。
「…ああいう…キスの仕方とか……」
顔を見ていられなくて視線を逸らす。
「———ひどいなフローラ様。俺は貴女一筋なのに」
怒りというよりは呆れた声だった。
「フローラ様とアデル様以外に触れた事なんかあるはずないでしょ」
知らないわよそんなの。
大体、男性なんだもの…欲があるとか、それを発散する場所があるとか…知ってるんだからね。
ラウルだって…もういい歳なのだから…。
「もしかして勝手に想像して妬いてるの?」
「そういうんじゃないわよ」
ただあのキスの仕方をどうやって身に付けたのかふと疑問に思っただけよ。
「そんなに俺のキス、気持ちいい?」
「なっ…」
一気に顔に血がのぼる。
「それともフローラ様が感じやすいとか?」
———最低!ひどい!
他に経験ないとか信じてあげないんだから!
抗議するようにラウルの腕から抜け出そうとして、逆に抱きしめられた。
「本当だよ、俺は初めてアデル様に会った時から…貴女しかいないんだ」
抱きしめるというよりは縋るように。
「アデル様が死んだ後は…ただ貴女の呪いを解く事しか考えられなかった。———貴女だけなんだよ」
いつも私を真っ直ぐに見つめていた、幼いラウルの顔が心に浮かんた。
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