第19話 王女と霊獣
「あ…」
部屋に入ろうとしたシャルロットは、振り返ったアルフィンの姿を見て固まっていた。
みるみるその頬が赤く染まっていく。
「あ…あの……」
アルフィンがシャルロットに近づいた。
動けないシャルロットは———けれどその瞳は目の前のアルフィンを凝視している。
「王女」
アルフィンはシャルロットの手を取ると、恭しくその甲に口付けた。
どこでそんな仕草覚えたのよ!
ラウルといい、子供だったのが知らない間に成長していてお母さんは寂しいよ…。
突然、シャルロットの瞳から涙が零れた。
ポロポロと大粒の涙が溢れだす。
「王女?」
「…ごめんなさい…こんな…素敵な方に…私…結婚しなくないからって…一方的に…お願いして……私…自分勝手で…」
嗚咽交じりにシャルロットは言った。
そうか、怖かったのか。
たまたま助けてくれた霊獣に自分を攫ってくれと頼んで。
アルフィン自身がシャルロットを望む気持ちがあるから印も付けたはずだけど、シャルロットからしたら一方的に押しかけるように思っているのかもしれない。
(フローラ…どうすればいいのだ?)
戸惑ったアルフィンが話しかけてきた。
(こういう時は優しく抱きしめて愛の言葉を囁くのよ。ああ王女じゃなくてちゃんと名前呼んであげてね)
…自分で言ってちょっと恥ずかしくなったわ。
「…シャルロット」
アルフィンの太い指が涙を拭う。
「君が頼んだからではない。私が君を欲しいと思ったのだ」
そう言うと身を屈めて———シャルロットの赤い唇に口付けるとそっと抱きしめた。
———待って!!
(キスしろなんて言ってないけど?!)
(愛の言葉など言われても分からん)
だから言葉じゃなくて態度で示したの?!
怖い。あの人たちの反応が怖い。
恐る恐る見ると…陛下とジェラルド様が呆然とした顔で見ていた。
———ごめんなさい、私が余計な事を言ったばかりに…。
「あら、まあ」
王妃様が楽しそうにしているのが救いだった。
「フローラ!どうしよう!」
部屋に戻るとシャルロットが抱きついてきた。
「アルフィン様があんなに素敵な方だったなんて!」
確かに今日のアルフィンは格好良かった。気に入ってくれて良かった。
「その…突然…キス……されたのはびっくりしたけど……そういう男らしい所も素敵ね…」
ああ、そういう風に取れるのね。
アルフィンとのキスを思い出したのか、シャルロットの顔は真っ赤だった。
…私にもこんな初々しい頃あったかなあ。
シャルロットは本当にアルフィンの事が好きなのね。
幸せそうな顔に私までにやけてくる。
「あの方のお嫁さんになれるなんて…私幸せだわ」
……王女様にとってあの山での生活は愛だけで乗り越えるにはきっと厳しいものだけど。
アルフィンは口は悪いけど本当にいい子だし、私も命ある限りは助けるから。
「———ずっと幸せでいてね」
私もシャルロットを抱きしめる。
この可愛い従姉妹と息子のような霊獣が、この先もずっと幸せに過ごせますように。
今日は疲れる一日だった。
早く森へ帰ろうと王宮の廊下を歩いていると呼び止める声が聞こえた。
ジェラルド様が立っていた。
「今日はありがとう」
「いえ…上手くいったようで良かったです」
頭を下げて立ち去ろうとする前に———ジェラルド様の手が私の背中に回った。
「君と話がしたい」
促されるままに、私が連れてこられたのはジェラルド様の部屋のようだった。
ソファに座らされ、ジェラルド様もその隣に腰を下ろすと私の手を取った。
「君の家にあの魔導師がいるそうだな」
思わず肩がぴくりと震える。
「…呪いの研究をするにはあの家が良いので……」
「それだけか」
ジェラルド様の手に力が入る。
しばらく沈黙が続いた。
———何でこんな責められるように言われるんだろう。
少し腹が立つ。
別にジェラルド様とだって———
「父上から、己の気持ちを大事にするのもいいが、国の事を第一に考えろと言われた」
ふいのジェラルド様の言葉にはっとする。
陛下には二人しか子供はいない。
シャルロットがアルフィンの元に嫁ぐ事が決まった今…ゆくゆくはジェラルド様が国王となり、後継を作っていかなければならない。
確かにこんな…呪われた魔女など、陛下からすれば認める訳にはいかないのだ。
「最初は正妃を別に娶る事も考えたが、まさかロージェル公女の君を愛妾にする訳にもいかないしな」
私はジェラルド様を見た。
「それでも…私は君を手放したくないと思っていた。いっそ全て捨ててしまおうかとも。だが…それは私の我儘だ」
ジェラルド様は私を引き寄せた。
「君が呪いに囚われているように…私も王子という立場に囚われ、逃れる事は出来ない」
「…ジェラルド様……」
「フローラ…愛している。君を愛しているから…私は…」
私を抱きしめるジェラル様の腕は震えていた。
「———ジェラルド様」
私はジェラルド様の腕に自分の手を添えた。
「ジェラルド様は私の大切な従兄弟です。それ以上の関係は、私は望みません」
そう、決してジェラルド様を好きになってはいけない。
その気持ちに応えてはならない。
例えこの呪いが解ける日が来たとしても。
「一度邪神の呪いを受けたこの身が…殿下を穢す事はあってはなりません」
私はこの先もずっと、この魂がある限り魔女である事からは逃れられないだろう。
「フローラ…」
「どうか…相応しい方を選んで良き王になって下さい。私の願いです」
「———私の願いは、君が呪いから解放されて少しでも長く…幸せに生きてくれる事だ」
ジェラルド様は私を離すと、両手で私の頬を包み込んだ。
「その為に私は何でもしよう」
「…ありがとうございます」
「———君を手に入れる事は出来なくても…君を愛し続ける事は許してくれるか?」
「…それは……」
「せめて心は自由でありたいのだ」
強い光を帯びた瞳がゆっくりと近づいてきても、私は動けなかった。
それは長い長い口付けだった。
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