第17話 弟子の想い(ラウル視点)
俺は忌み子だった。
田舎のそこそこ裕福な農家に普通の両親から生まれた俺は、けれど生まれた時から異常に魔力が高かった。
そのせいで家族が傷つき、家でも教会でも持て余され、五歳になった時に魔女が住むという森に捨てられた。
その森は魔女だけでなく恐ろしい魔物も棲むと噂される場所だった。
———魔物にでも喰われて死ねという事か。
まあ、どうせ生きていても仕方ないか。
魔力のせいか子供らしい思考など既になくしていた。
ぶらぶらと森をさまよう内に、小さな家を見つけた。
ここが魔女の家か。
中に入ってみようか迷っていると扉が開かれた。
「あら…」
現れたのは全身をローブで覆った人物だった。
「どうしたの?迷子?」
何百年も生きる魔女というから老女かと思っていたが、随分と若い声だった。
フードを深くかぶっているので顔は分かりづらいが、シワなどは全く見当たらない。
答えずにただ見上げる俺を見つめていた魔女は、やがて俺の前に立つと膝を折り、目線を俺に合わせた。
「ずいぶんと高い魔力を持っているのね。もしかして捨てられちゃったの?」
そういって手を差し出す。
この手を取ってもよいものなのか…
「いらっしゃい、お腹が空いているでしょう」
それは初めて俺にかけられた優しい言葉だった。
黙々とスープを飲む俺をにこにこしながら眺める彼女は、母親よりもずっと若い、美しいというより可愛いという言葉が似合う女性だった。
———本当にこの人が魔女なのだろうか。
彼女からは他の人間とは違う、不思議な魔力の気配が漂っていたけれど、噂に聞く魔女とは似ても似つかないようだった。
「あなた名前は?いくつ?」
「…ラウル。五歳」
「誰か魔法を教えてくれる人はいたの?」
そんな者がいたなら森へは捨てられなかった。
俺が生まれた田舎ではまともな魔導師などおらず、怪しげな占い師や呪い師が時折やってくるくらいだった。
「それほどの魔力を制御する術を教えてもらえなかったなんて…大変だったでしょう」
彼女は笑顔で優しく俺に話しかけた。
「どこにも行くところがないのならここに住む?」
そうして俺は魔女の弟子となった。
アデルという名の魔女は、何百年も生きているのが信じられないくらいに可愛らしくて、知識が豊富な割にはドジで抜けている所があって…とても魅力的な女性だった。
俺に多くの事を教えてくれる内に、彼女自身の事も少しずつ教えてくれた。
昔この森に封じられた邪神に呪いをかけられた事。
そのために何度も生まれ変わっている事。
永遠にこの呪いからは逃れられないだろう事。
そんな恐ろしい呪いがかけられているにも関わらず、アデルは楽しそうに毎日を———森の恵みを手に入れたり、時折各地に棲む霊獣達に会いに行ったり、稀に訪れる人間から治療などの仕事を受けて———過ごしていた。
それは穏やかな日々だった。
そんな彼女に抱く想いが恋だと気付くのに時間はかからなかった。
俺の事を自分の子供のように思っているらしく、俺が少しねだれば一緒に添い寝してくれる。
目の前で眠る彼女にそっと触れるのが俺の密かな楽しみだった。
本当にこの人は、魔女と思えないくらいに無防備で———特に夜は一度寝てしまうと俺がキスをしようがどこに触れようが全く起きないのだ。
早く成人したかった。
そうして彼女に告白して、夫となって二人でこの森で生きていこうと…いけるのだと信じていた。
それは突然だった。
俺が十一歳になった時…突然アデルは倒れた。
病気かとおろおろする俺に優しく…けれど残酷に、自分はもう助からないのだと告げた。
「ごめんね…まだラウルは子供なのに」
違う、俺は子供じゃない。
子供じゃないのに———俺は、愛する人を助けられない。
俺は知らなかった。
あんな恐ろしくて残酷な死に方を。
彼女は知っているのだろうか。
自分が死んだあとどうなるのかを。
アデルが死んだ後の喪失感は凄まじかったが———やがて俺は決意した。
いつか彼女は生まれ変わってまたこの森へ帰ってくる。
今度こそ彼女を救うのだと。
俺は旅に出た。
力のある魔導師がいると聞けば指導を頼み、アデルが教えなかった攻撃魔法や知識を貪欲に身につけた。
そうして各地を回りながら彼女の呪いの手がかりを探す内に、ある古い遺跡の奥深くで一冊の本を見つけた。
それは彼女の師匠が書いた本だった。
俺の知らない情報と彼女への愛情が沢山詰まったその本を手に入れたお陰で呪いを解く道へと一気に近づく事ができた。
耳にする噂で森に魔女が戻っている事は知っていたが、会いに行く事はしなかった。
彼女を救える力を手に入れてから会いたかった。
ロージェル公国に入ったのは、この国の城にある図書館が目的だった。
野良魔導師の俺が城の中に入るのは難しいと思っていたが、公主はあっさりと俺を評価し、公国付きの魔導師にして…さらに爵位まで与えてくれた。
この小さな公国は実力主義で、能力と忠誠心さえあれば出自は問わないらしい。
俺には忠誠心はなかったが、せっかくの好意と———今後役に立ちそうな、手に入れた地位を護るために、俺はしばらくこの国で落ち着いてこれまで集めた資料を読み解く事に専念する事にした。
そして公国で働き始めてから一年ほど経っただろうか。
その日は突然やってきた。
目を赤く泣きはらした公主と公妃に呼ばれ、一通の手紙を見せられた。
そこに書かれていたのは、長く行方不明になっていた彼らの娘が見つかった事———そしてその娘が今の西の森の魔女であるという事だった。
俺が公女の前世である、前の魔女の弟子であったと明かすと彼らは驚き———彼女の呪いを解く研究をしているのだというととても喜んだ。
思わず彼女への想いを漏らしてしまうと…呪いを解いた暁には娘を与えてもいいとまで言いだした。
いくら実力主義でも元農民の俺に公女を…とは思ったが、彼らにしてみればそれだけ娘を取り戻したいという事なのだろう。
そうして思いがけず再会する事になった彼女———フローラは、とても美しい少女だった。
アデルの面影はなかったが、俺に気づき、話しかけるその口調や表情はアデルそのものだった。
———今度こそ、彼女を失わない。
二度とあんな死なせ方はしない。
もう自分の想いを隠さない。
もう後悔はしたくないのだ。
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