第16話 古の遺物
「ああ———しまった」
場違いな間延びしたラウルの声が聞こえた。
「思ったより手ごわくて、つい倒しちゃった」
「…まさか弄んでいたのか?」
闘いを見守っていたジェラルド様が呆れたように言った。
「もっと色々情報が欲しかったんだけど…。これがどれくらいのレベルかも分からないし、もう一体出そうかな」
倒れた魔物を杖で突きながらラウルが怖い事を呟いている。
口調も戻っているし、多分私達の存在を忘れている気がする。
———そういえば子供の時も一度本を読み始めると止まらなかったし、きっとラウルはお師匠様と同類の…研究バカなんだわ。
目の前に見慣れない魔物が現れると危険そっちのけで喜んで対峙していたお師匠様を思い出して、ちょっと気が遠くなりそうになった。
「ラウル…確認して欲しい事があるのだけど」
私はジェラルド様の背後から出てラウルに言った。
「その魔物のどこかに…印がないかしら」
「印?」
「文字か図形か…形は分からないのだけれど。明らかに誰かの手で描かれたものよ」
「ん———ああ、これ?」
ラウルが杖で魔物の背中を示したので私は恐る恐る近づいた。
そこには金色の、古代文字に似た印が刻まれていた。
「これ…かしら」
「フローラ様はこれが何か分かったの?」
「話でしか聞いた事がないからよく分からないのだけれど…〝クリーチャー〟かも知れないと思って」
ラウルの目が光った。
「ああ!そうか。そういう事か。さすがフローラ様」
「クリーチャー?」
「古い時代にあった呪法で…生き物を掛け合わせて新たな化物を作る事があったんです。その中で人間と獣の組み合わせもあったと思い出して…」
古の時代は今よりも魔術が盛んで、中には人道に反するような事も多く行われていたらしい。
この魔物もその一つなのだろう。
「…つまりこの魔物は元人間だったのか?」
私の説明にジェラルド様は眉をひそめた。
「その可能性はあるかと…」
「随分と悪趣味な事をしたのだな」
「ここに封印されているのはそのクリーチャー達なのでしょうか」
ディオンさんが石を見ながら言った。
「全てではないですが———そういったモノも含まれているんでしょう」
ラウルが答えた。
「他にどんなモノがいるかもう少し封印を解いて…」
「もういいでしょう!キリがないわ」
これは心配性だから言うんじゃないんだからね。
いや心配なんだけど…ラウルの研究癖が…。
「そうやって一々調べていたらその内全部封印が解けるんじゃないのか」
ジェラルド様も呆れているわ。
「まだ調べないと分からないのか」
「———古の魔物関係の資料を洗い直して見れば中身の傾向は読めると思います。あとはどれくらいの量の魔物が封印されているかですが…」
ラウルはため息をついた。
「一つ考えていた方法があったのですが、出来なくなってしまったので別の手段を考えないと」
「…何をするつもりだったの?」
「———フローラ様に術を掛けて直接呪いを読み解こうと思っていたんですよ」
ラウルの視線が私を捉える。
「でもそれは止めます」
そんな事ができるの?だったら———
「どうして止めるの?私は構わないわよ」
「身体に相当な負担を掛けるんです。貴女の寿命の話を聞いたら出来るわけないじゃないですか」
「寿命?」
あ…
ラウルってば余計な事を!
私はそっとジェラルド様を見上げた。
———怖い。ラウルの冷たい顔も怖いけど…この人の険しい顔も怖い。
「何の話だ」
「フローラ様は、長くてもあと二十年しか生きられないんです」
どうしてラウルも正直に言っちゃうかな。
「二十年…?」
「身体が呪いに耐えきれないんです。前のアデル様が亡くなったのは三十三歳でした。それ以外も皆三十代で亡くなっているんじゃないんですか?フローラ様」
男性三人にそういう顔で見られると…すごく怖いのよ。
「……そうよ」
視線に耐えきれなくなって私は俯いた。
「フローラ…」
ジェラルド様が近づいてくる気配がする。
怖い…ごめんなさい。
「君は———」
ジェラルド様は私を抱きしめた。
ごめんなさい。
〝私〟のせいで、貴方の大切な従姉妹を———。
「———呪いが解ければ寿命は延びるのか」
私を抱きしめたままジェラルド様はラウルに尋ねた。
「……正直、長生きは難しいでしょう。けれど呪いが解けるのが早ければ早い分、身体に負担が掛かる時間も減るので生きられる時間も長くなると思います」
「呪いは解けるんだろうな」
「解きますよ、必ず」
「———頼む…」
ジェラルド様は私を強く抱きすくめた。
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