第7話 魔女の素顔

「それじゃあアルフィン。また来るわね」

家の外へ出るとアルフィンを振り返る。

「ああ。———ところで気になっていたのだが」

「何?」

「この布は邪魔じゃないのか」

アルフィンの手が無造作に私のヴェールを捲った。

「せっかくの美人が台無しだぞ」

反対の手でフードを軽く持ち上げ、私の顔を覗き込んで笑いながら言う。


馬鹿———!!

さ、最後になんて事してくれるの!?

ジェラルド様達に背中を向けていたからアルフィンにしか見られなかったけど…明らかに!背中に!まずい気配を感じるの!

事情は手紙で説明したはずよね!?


とっても動揺しながらも、何とか魔法陣を描いて私達は森へと戻ってきた。



「……それではジェラルド殿下。近いうちに王女様に会いに伺います」

怖くてジェラルド様の顔が見れない。

私は深く頭を下げてそう言うとジェラルド様達に背中を向けようとして———強く腕を掴まれた。

「ディオン。先に馬車に戻っていてくれ。私はフローラに話がある」

私は何もないです!

日が暮れる前に帰って下さい…!

「承知しました」

ディオンさんも素直に承知しないで!

行かないで!

私はジェラルド様に引きずられるように自分の家の中へと押し込まれた。

「ジェラル…!」

扉が閉まると同時に急に頭の風通しが良くなった。

私を抱き抱えるように首へと両腕を回され…。

顔を隠していたヴェールが床に落ちた。

「や…」

隠すものがなくなって思わず目の前にある…広い胸へと顔を押し付けてしまった。

「———積極的だな」

違う!

自ら抱きついたようになってしまった私はジェラルド様に強く抱きしめられ…頭に何か柔らかなものが触れるのを感じた。

「綺麗な髪だ」

頭に何度もキスが落ちてくる。

くすぐったいようなその感覚に身体が震える。

ごめんなさいもう無理。

もう…お願いだから…顔は見ないで……


願いも虚しく、大きな手が私の頬に触れた。

そして顔を上げさせられ———



目の前に大きく見開かれた紫色の瞳があった。

「…これは……」

感嘆のため息が漏れた。



決して自分で言う事ではないけれど。

私は美人だ。それも相当な。

なんと言うか、守りたくなるような儚げな感じ?

銀色に近い薄い色素の髪はサラサラと真っ直ぐに伸び、大きな水色の瞳は濡れたような光を帯びている。

小さめの唇は林檎のように艶やかに染まり、頬はほんのり赤い。

まだこの身体になって十八年しか経っていないせいか自分でも見慣れなくて、毎朝鏡で見る度にそこに映る美少女の姿に一瞬びっくりするのだ。

初めてこの顔を見たジェラルド様が動けなくなるのも仕方ないなあと他人事のように思いながら、私は目の前の視線を受け続けていた。


どれだけの時間がたったのか。

「フローラ……」

ようやくジェラルド様が口を開いた。

「…本当に…君は———」

さっき乱暴にヴェールを剥いだのが嘘のように、恐る恐る———まるで繊細なガラス細工を扱うかのようにジェラルド様の手が私の頬をなぞる。

「声といい…顔といい…こんなにも……」

だめだ。

心の中で警告音が鳴る。

これ以上聞いては———

ジェラルド様の手が首筋に触れ、思わずびくりと身体が震えた。

「っ…ジェラルド様…」

思いがけないくらいに震えたか細い声が自分の口から漏れて…自分で驚いてしまう。

もう!煽ってどうするの自分!


私は強く抱きすくめられた。

「フローラ———」

ジェラルド様は深く息を吐いた。

耳元に吐息がかかり身体が強張る。


しばらくそのまま抱きしめられたが、やがてジェラルド様は身体を離した。

「…近いうちに迎えを寄越す。妹の事、頼む」

無言で頷いた私をもう一度抱きしめるとジェラルド様は出て行った。



「———はあ…」

急に身体に力が入らなくなり、私は床へと座り込んでしまった。

家に戻ってきてからの出来事が頭の中でぐるぐる回る。

「見られた……」

誰にも…特に王家の人達には顔を見られたくなかったのに。

私の素性を知られてしまう可能性が高いから。


あの様子だとジェラルド様は会った事がないみたいだけれど…この先〝あの人〟と顔を合わせる事もあるだろう。

その時に気が付かれてしまうかもしれない。

いやその前に、おそらくこれから何回も王宮に行かねばならないのだ。

その時に…特にあの方に気付かれる可能性が……


「はあ…」

大きく息を吐くと私はのろのろと立ち上がった。

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