第6話 王女の望み
家に入ると、ジェラルド様達は不思議そうに中を見渡した。
石造りの部屋の中には明らかに獣が使うには不便そうな、人間の使うものと同じ形と大きさのテーブルと椅子やソファが置かれているからだろう。
「この部屋は…」
「人間がやってきた時に使う部屋だ」
アルフィンの声に振り返ったジェラルド様が目を見開いて固まった。
そこに立っていたのは白髪に赤い瞳を持った人間だった。
二十代半ばくらいの見た目で、背が高いジェラルド様よりも頭一つ大きく、体格も良い。ついでに顔も良い。
「お前…まさか」
「アルフィンは人間の血が混ざっているので人型になれるんです」
本人の代わりに説明する。
「人間の血…?」
「私の母親は人間と霊獣の間に生まれた」
アルフィンは薄く笑みを浮かべた。
「この姿になれば王女との間に子も作れるぞ」
ねえ、とっても空気が痛いんだけど!
どうしてそうやって挑発する事言うの?
義理のお兄さんになるんだから仲良くしてよ!
ディオンさんもそんな目で見られても無理だから!
「お前…妹にその姿を見せたのか」
ジェラルド様の声が冷たい。怖い。
「いや、まだだが」
アルフィンの答えにジェラルド様は眉をひそめた。
私もおや?と思った。
「———引っかかっている事がある」
怒りを抑えるように息を吐くと、ジェラルド様は椅子に腰を下ろした。
「何だ」
「シャルロットは…望んでここに来たがっているように思える」
そうなのよね。
私もてっきり王女様はアルフィンの人の姿に一目惚れしたのかと思ったのだけれど…
「ああ、そうだ。王女に言われた。私を攫って欲しいと」
「は?」
三人の声が揃った。
「攫って欲しい…?」
「この山の下で不穏な空気を感じて行ってみたら馬車が襲われていたので助けたら、中に王女が乗っていたんだ」
獣の姿のアルフィンを恐れる事もなく、王女は嫌いな婚約者と会ってきたのだと涙ながらに語り出した。
盗賊が襲って来た時に、このまま殺されてしまいたいとまで思ったらしい。
———あんな綺麗な王女様、殺される前にもっと酷い事をされそうだけれど。
そこまで思いつめていたのね…。
殿下達の表情も暗くなってしまった。
「それでこのまま盗賊に襲われた事にしてどこかへ連れて行って欲しいと泣かれたのだ。攫うのはまずいが、私もそろそろ嫁を取ろうかと思っていた所だったからな。とりあえず印だけ付けて一度帰したのだ」
「その印だけど…大きすぎない?あれじゃ人前に出られないわ」
「だからあの大きさにした。他の男の目に触れさせない為にな」
わあ。あの印の大きさは独占欲の大きさなのね。
そうか…これは相思相愛なのかしら?
ジェラルド様は複雑な表情でしばらく考え込んでいたが、やがて大きくため息をついた。
「———事情は把握した。確かに私も国益の為とはいえあの隣国の王子にだけは妹を嫁がせたくなかった」
…どれだけ酷いんだろう、その王子って。
「霊獣に印を付けられたとあれば断る口実にもなるだろうし、シャルロット本人が言い出したのだから仕方ないとは思うが…」
ジェラルド様は部屋の中を見渡した。
「…ここに嫁がせるのは正直抵抗がある」
確かに王宮に比べれば小さいし質素だけれど。
清潔感はあるし、住めば都っていうから大丈夫じゃないかなあ。
「心配しなくとも花嫁の家は新しく建てる」
アルフィンは私を見た。
「その事でフローラに頼もうと思っていたんだ」
「私?」
「王女が好む家というのが分からなくてな。お前なら分かるだろう」
「…でも私の家も似たようなものだし…王女様の好むようなと言われても…」
「お前は王宮に住んでいただろう」
「…は?」
ねえ!どうして余計な言葉が多いの!
ほらジェラルド様の目に変な光が入ったじゃない!
その事は絶対に知られたくなかったのに!
「王妃付きの魔女だった事があるだろう」
……あ、そっちの話か。焦らせないでよ。
「…住んでいたといってもほんの少しの間だし。それに百年近く昔の話よ。今の若い娘の好みは…」
「ならば君とシャルロットとで相談して決めれば良い」
ジェラルド様の手が私の肩に触れた。
「シャルロットがなるべく苦労せず暮らせるように、協力して欲しい」
「———分かりました…」
うう、王家とはこれ以上関わりたくないのに。
何だかどんどん深くはまっていっている気がする…。
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