少女と殺し屋

軽盲 試奏

1

「どうやって全て避けた?」

「さあ、あなたの腕が悪かったんじゃないですか」

 深夜0時、都市の果て。退廃的たいはいてきな死んだビル。社会のエリート達から、ならず者たちのたまり場と化してしまったオフィス。壁に残る無数の銃痕。その前にはまだ高校生といったところの少女。手持ち弾を全弾発砲にて、無傷。

「銃で殺せなかったのは初めてだ」

 それもまさか制服を着たJK相手に。僕は懐に銃をしまう。決して大きなものではないが殺傷能力は十分なものだ、当たっていればとてもいま彼女がしているような振る舞いはできないだろう。

 個人的に、驚きを隠せない。『某国の組織や僕が所属しているような連盟の特殊部隊訓練を受けていれば』避けれる速度ではあるが、彼女の言う通り自分の腕が悪いとは思わない。彼女は、一度ビルの外をちらりと見たかと思うと、すぐに視線を僕へと戻す。

「既に何人も殺してるんですね」

 標的の少女は両手をあげ、怖い怖いという素振りをしながら言った。両手を上げる割には降参の意思はなさそうだ。少女は手を下す。今更僕にわかることではないが一般人でも殺し屋の目の動きというのはわかるものなのだろうか、それともただの戯言だろうか。彼女への認識を一般人から"素早い標的"へと切り替える。標的というのは敬意を表してだ。銃で駄目なのであれば、僕が最も得意な方法で命をいただくしかあるまい。

「格闘技はできるほうか?」

 先ほど銃で殺せなかったのは初めてだと言ったが、一つの技術で殺し損ねたことはあれど最終的に殺さなかったことはない。何故だか少し違和感を覚えたが、ないはずだ。積み上げた屍が多すぎるせいでそれすらも曖昧になってしまったのだろう。"何者であろうと"、逃すつもりは、無い。

「やっぱり、殺す気なんですね」

 一瞬。例え表すにしては最もこの単語が適切であろう。僕は少女の目の前に移動し、その速度と同じ速さで拳を繰り出した。僕の急襲を予見していなければ、そしてその速さについてこれていなければ、回避不可の攻撃だ。だが、その拳は空回る。躱され、躱され、躱される。当然のことだ。少女も僕と同じ早さで動いている。数百回に及ぶ攻撃を仕掛けた僕の息は、二十秒後には軽くあがっていた。これ以上は無駄だと感じた僕は攻撃をやめ、後方に飛ぶ。

「残念でしたね」

 今までにこんなにも、躱されたことはない。躱されたとしても最初の数発のみだ。どんな手練れでもそれ以上はついてこれず、僕に殺されていった。それを全部躱しておいて、少女は表情一つ変えず言った。そこには神聖ささえあった。絶対的な差を僕に感じさせた。僕は、今の自分の技術ではこの少女を殺せないとはっきりと理解した。有り得るはずのないことだ、これまでなら。だが、現実である以上、認めざるを得ない。彼女は殺せない。最強と謳われた、殺し屋の僕でも。

 僕の中で絶望が生じた。最強の殺し屋で無かったら、『何もない』僕に、どんな存在価値があるというのだろう。歯を食いしばって次の手を考える、彼女を殺す手段は無数に浮かぶのに、最終的なイメージの着地点で彼女を殺せていない。手が届いていない。僕は戦闘態勢を解き、まっすぐと立つ。そんな僕を見据えた彼女は、何故か寂しそうであった。

「依頼主は誰ですか?」

 少女はさも興味無さそうに言った。だが僕は戦慄せんりつしていた。殺しを仕掛けた以上は相手に殺されたとしても文句を言える立場では無い。この瞬間彼女が僕の命を奪うことすらあり得るのだ。相手の技量は現時点では判明していない。彼女がもし攻撃行動に移れば殺す隙が見えるかもしれないが、これだけの攻撃を躱された以上、無理な攻勢には出ない能があるだろう。であれば、彼女が攻勢に立つということは僕の死を意味する。

「それは言えない」

 たとえここで彼女に殺されることになろうと。せめてプロとしての意地を保とうと思った。基より僕はそこまで自分の生に執着していなかった、少しは抵抗を試みるだろうが、自分を超える技術で殺されることには殺し屋として興味があった。

 彼女はその言葉を受け取ってから数十秒、僕をじっくりと眺めた後小振りににうんうんと頷いてポケットからキャンディーを取り出した。包み紙を剥がし、水色の水晶玉のようなそれを口に咥える。僕はただそれを見ているだけだ。すると、一瞬彼女は少しがっかりしたような表情になった。人間は我慢しようとしてもどうしても感情が表情に出てしまう。その時間は訓練によって縮めることができる。彼女は、何処かでそういう訓練をしたのだろう。ほんとに一瞬だった、だが僕は見逃さなかった。

「そうですか、では、さようなら」

 キャンディーをわざわざ僕の前で取り出す必要はあったのか、それだけ余裕があるというのか、敢えて隙をみせたのか。全く分からないが少女はゆうゆうと歩いて廃ビルから出ていった。それを目で見送り、僕は溜め息をついた。殺しに失敗したのは、はじめてだった。幻術に囚われた気分だった。同業には洗脳等、脳に対する攻撃を得意とする人間がいると聞いたことがある。気付かないうちに精神攻撃を受け、僕の攻撃が全て当たらないように仕組まれていたら……どうしてそんなことを思い浮かべるかもわからないほど非現実的な技術とは思うが、自分を納得させるにはそれほど相手に技量があったと思うしかなかった。屈辱と敗北感を噛み締めながら僕は証拠を隠滅いんめつし、その場を離れた。

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