03 悪役令嬢の朝は早い

 私はやっと応接間にたどり着いた。

 この世界、私の前世の世界と同じで二十四時間で一日が終わる。

 四季もあり、わかりやすく言えば太平洋側のどこかの県ぐらい、雪は降った事はあるらしいけど積もったというのは聞いた事が無い。


 待たせた時間は一時間、その間に色々考える事が出来た。

 壁にかけてある大型の時計を見たので間違いない。

 便利な事に時計もある。

 流石に腕時計はまだないけど……。

 まぁ私は作り方なんて知らないけどネジ巻き時計なんかは電池も要らないし、あってもおかしくないわよね。


 応接間の扉の前に来た。


 ふーはーふーはー。


 大きく深呼吸をして扉を開ける。

 窓の近くにティーカップを持った男性が立っていた。

 私が入ってきた事で視線がぶつかる。

 相変わらずイケメンだ、短い金髪に透き通る緑色の瞳。

 身長は百八十はあるだろう。


 正直。


 正直、記憶が戻る前なら直ぐにでも押し倒されたいと思っていた。

 むしろ、何度も押し倒そうとした記憶もある。

 精神年齢が以前より高くなった今なら、押し倒そうとした時に体を大事にしたほうがいいとか、卒業するまではそういう関係は辞めようなど、いいように回避されたのがわかる。


 いつの日だったか、全部その辺も片付けた時に、さぁ始めましょうという時に謎の腹痛にあった事もある。

 あの時も、リュートから珍しいデザートを貰ったあとお土産食べたわよね。

 現在はなぜ、こんな少年を好きになったのだろうと疑問のほうが高い。

 

 

「エルン?」

「え?」

「聞いてなかったのかな? 体調は戻ったそうだねと」

「ええ、残念でしょうけど戻りましたわ」


 思わずでた本音に、リュートは表情を変えない。


「そう何時までも寝ていては、体が鈍るよ」


 そういう意味でもないけど、黙っておこう。

 あの溺れた日も私はリュートからお土産を貰っている。

 意地汚い私はそれを全部食べると、膝までしかない波が来ない浜辺で。『なぜか』溺れたのだ。

 ナゼダロウネーとわかり切っているような気もするが白い目を向ける、っと今はその話は置いておこう。


 寝込んでいた時に考え出した答えをリュートへと伝える。


「ねえリュート?」

「なんだい?」

「一般区にある道具屋ベルンに、千年樹のリンゴがおいてあるわよ。

 粉末ですけど」

「お土産の催促だったかい?

 今度来るときに買ってくるよ」


 わずかではあったけど、表情が変わった。

 千年樹のリンゴ、ここより遠い森でしか取れないリンゴで希少価値がべらぼうに高い。

 希少価値が高いだけで、そんなに甘くないので値段的にはまだこの時は安い。


 本当の売りは、それよりも凝縮された魔力だ。

 これを発見するのは、三年後のナナだ。


「いいえ、千年樹のリンゴには魔力が詰まっています、それは粉末でも変わらず、アルテナ湖の水の百倍ぐらいですわ、もちろんそのままでは使い物になりませんけど……」


 千年樹のリンゴの粉末を、水と火の中和剤ベースに乳液でわり、魔法の草、半魚の鱗を混ぜて煮詰め、最後にろ過しハチミツを加えるまでを教えた。

 多分レシピはあってるはず。


「突然意味がわからないよ」

「リュートに必要かと思って、その………………『濃密度エーテル』と言って魔法使いや魔力欠乏症に良く効くのよ」

「っ!?」


 リュートの母親の病気。

 ゲーム中では魔力欠乏症と診断されている、リュートはそれを隠している。

 その辺は彼の出生の秘密に関わるので、流石にそこは言わない。

 とにかく、普通の人間ではないリュートの母親はそれで寝たきりだ、ゲーム終盤ルートによってはナナが治療する。


「それと……、婚約の話一度白紙にしない?」

「なっ」


 今度は本当に驚いた、ような顔をしている。

 そりゃそうだろう、四六時中リュート、リュートと束縛していた地雷百パーセントの婚約者の女が突然別れようと言うんだ。

 口を開けたままのリュートに私は続きを話す。


「その、お互いに学園で出会いがあるかもしれないでしょ?

 ああ、そうだっ。

 これからはより良い友人という事で」


 私は直ぐにメイドの呼び鈴をガラガラと鳴らす。

 直ぐに、まだ名前も教えて貰ってない小さなメイドが部屋へと入ってきた。


「病み上がりで疲れたし少し休むわ。リュートを送って頂戴」

「は、はいっ!」

「エルン、俺は――――」


 背後で何か言い出したけど、かまわずに部屋へと行った。

 これで穏便に別れれば、とりあえず毒殺って事はないでしょ。

 千年樹のリンゴの情報は、私から彼へと送る謝罪みたいなもんだ。

  

 リュートが帰り私は寝室にある時計を見る。

 あれから二時間。

 ノックの音と共に戻りましたとメイドの声がする。


「どうぞ」

「し、しつれいします美しいおじょっ……ひぃ! ごめんなさい、ごめんなさい」

「何も言ってないわよ、見ただけ。

 で結果は?」


 今はそんな事よりも結果が知りたい。

 可愛い彼女は、緊張した声で答えてくれた。


「リュート様は、真っ直ぐに一般区の道具屋ベルンへと入っていきました。

 言われたとおりに、リュート様が出て行った後にベルンの店主へと聞いた所、最初は教えてくれませんでしたが、美しいエルンお嬢様のいいつけ通りお金と称号を見せるとしぶしぶ教えてくれました!」

「で?」

「は、はいっ。買ったのは千年樹のリンゴの粉末だそうで、かなり古いものらしく処分に困っていたらしく全部売ったそうです」

「そう、ありがとうノエ」


 メイドのノエは驚いた顔をする。

 突然に名前を呼ばれたせいだろう、私だってそこまで馬鹿じゃない…………たぶん。

 待ってる間に調べたわよ、彼女の人物証明書。


 ノエ、年は十二才。

 元々は貸し本屋で働いていたけど、どう回りまわったのか今では私の下でメイドとして働いている。

 理由はいろいろ思いつく。

 メイドと言ってもそこらの人間を捕まえてメイドという事は貴族の間では本来ない。


 メイドといえど、貴族には貴族のメイドらしい優秀な人物が何人もつく。

 でも、そういう格式の高い個人の優秀なメイドは、私がクビにしたから。


 うーん、過去の自分とはいえ無茶苦茶だ。

 で、かといってメイドが一人も居ないってのも生活にこまる。

 もっとも以前の私ならと付け加えておこう。

 

 それで、この子なんだろう。

 家族構成は母とノエ、あとは小さい弟と妹が二人って所。


「ノエ」

「ひゃいっ!」

「今後、私をどう呼ぼうがかまわないけど、美しいと言うのは禁止。

 守れなかったらクビ、下がってよろしい」

「ご、ごめんなさい。うつ……。

 おじょうさま、すぐに晩御飯をご用意しますので!」


 部屋から出て行くのを確認すると、自然に溜め息が漏れていた。

 リュートが千年樹のリンゴの粉末を買ったという事は、やはり、この世界はゲームナナの錬金術師と同じ世界で間違いない。

 わんちゃん日本にいた記憶が嘘で、私が被害妄想と虚像で気が狂ったのかと思ったけどそうではないのが確定したのであった。


 うぐう……。

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