110.もう戻らないと間に合わなくなるわ

 ――結婚式の準備が忙しくなるから帰って来なさい。


 お母様からのお手紙に、私は慌てた。そうよ、こんなに長く滞在するつもりなかったから、予定が詰まってるわ。結婚式のドレスや宝石は手配したけれど、会場のあれこれを決めてる途中だった。テーブルクロスやお料理の内容まで。決めることだらけだわ。


 間に合わなくなる前に言ってくれて助かった。お母様に感謝しながら、お父様に帰還の連絡を入れます。こちらの大陸の立て直しに着手して、もう10日目でした。アマンダはすでに仕事に戻り、支援物資は騎士の護衛付きで管理されています。運ぶのは聖獣や聖樹ラエルの力を借りたので、迅速に対応出来ました。


 文官候補とフィリップ様は、当初ぶつかっていましたが……今ではフィリップ様の尻に敷かれています。この表現で合ってるかしら? でも元国王としての采配を見ていると、早くに王位を譲られていたらオリファント王国は残せたのではないか、と残念に思いました。


「お父様、私とラエルは帰りますわ」


「聖獣様はどうなさるのか」


「フィリスは残ってくれるそうですが、シリルは帰ります。パールは伝令係を続けてくれるし……問題はミカの聖獣ですね」


 エリスはミカに挨拶をしたいと言う。卵を置いていくわけにいかないから、きっと持ち帰るわよね。フィリスがずっと背中に抱いていた卵は、ひとまずシリルの首に移動が決まった。ミカが触れたら卵が孵ったりするかしら。そうだったら素敵よね。


「エリス様と卵様は、聖樹ミカエル様の元へ送った方がいいと思うぞ」


 お父様も同じ結論でした。頷いた私に、メイナード兄様が護衛を申し出ました。実際のところ、聖樹のラエルがいたら無敵です。ただ、姫や巫女の身分で護衛なしはちょっと……とお兄様が苦笑いした気持ちも理解できます。カーティス兄様は、フィリップ様を補佐しているので置いていきましょう。


 さくっと騎士と兵士も分類し、長くこちらに留まった者の中から希望者を募りました。家族がいるので帰る決断をした者、いっそこちらに住み着こうかと考えている者、別の事情で帰宅を希望した者。さまざまですが、半分に分けて連れ帰ります。あまり減らすと、野盗になった元貴族の護衛などに襲われますから、多めに残す決断をしました。


 順番で帰れるよう手配すると伝えたので、騎士や兵士に動揺は見られません。私だけならラエルの魔法で連れ帰ってもらえますが、皆に合わせるべきでしょう。馬に飛び乗り、ラエルに背を預け……海まで一直線の街道を進みました。この立派な街道、とても広くていいですね。今は土で固めただけですが、平らなので煉瓦か石を敷き詰めたら使える。


『こんな時くらい、僕のことを考えてよ』


 私を後ろから抱き締めたラエルに囁かれるまで、街道の整備計画を練ってしまいました。耳元で囁かれると擽ったいだけじゃなくて、体が熱くなるなんて。初めて知りました。

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