96.思ってた聖獣と違う?

 メイナードが期待したのは、劇的な変化だ。具体的には、ぱっと光が発して目が眩んで云々など。しかし封印が解ける瞬間は、なんとも地味で残念な光景だった。


「……なにこれ」


 さっきまで何も居なかった部屋に、突然新しい生き物が増えた。問題は、それが聖獣に見えないことだ。


「ミカ様の聖獣だね、無事でよかった」


 シリルの声もあまり感動的ではない。淡々と呟く姿は、他人事のようだった。いや、実際他人事なのだが……メイナードは首を傾げる。


「聖獣様って、もふもふじゃないのか?」


「さあ? 僕が知る聖獣は確かに毛皮や羽毛があるね」


「……だよなぁ」


 口調が崩れたメイナードの目に映るのは、どう見ても蛇だった。それも顔……と言っていいのか、頭のすぐ後ろに小さな羽が生えた奇妙な姿だ。これが聖獣? まあ、一般的な獣と違うから、聖獣か魔獣だろうが……。


『ねぇ、私の主様はどこ? この大陸にいないみたい。まさかっ! でも違う……どこ?』


 混乱しているらしい。ミカエルが隣大陸へ移動したことは想定外だ。居ないことは理解し、直後に害された可能性に絶望しかけ、まだ繋がりが残っていることに安堵する。忙しい蛇の聖獣へ、メイナードは礼を尽くすことにした。


 エインズワースは聖樹と聖獣によって守られ、栄えた一族だ。どんな状況であれ、場所がどこであれ、誠実に対応するのは当然だった。


「挨拶が遅れたことをお詫びいたします。隣大陸エインズワース公国、第二子メイナードと申します」


 片膝を突いて、左胸に手のひらを当てる。真心を込めた発言だと示しながら、手のひらを開いて武器を持たないと知らせる作法だった。左手は指背を地に付ける。


 正式な作法として伝わる所作に、蛇はゆっくり舌を出して頷いた。


『メイナードだっけ、それと聖獣シリル様にご挨拶を。私は聖樹ミカエル様の配下にして、第一の眷属であるエリスよ。聖樹ミー様はどちら?』


「ミー様?」


 あ、ああ。ミカ様のことか。一瞬声を上げたが、メイナードはすぐに状況を掴んだ。隣の大陸にいる兄でもある聖樹ラファエル様の庇護下にいると知らせれば、蛇は紅瞳をきらきらと輝かせた。


『まぁ! ミー様は兄君とご一緒なのね。生まれてすぐに封印されたから、ミー様と過ごした時間が少なくて。まだ繋がりが薄いのよ。連れて行ってくれると助かるわ』


 気やすい聖獣様だと苦笑いしたメイナードだが、シリルは少し考え込んだ。


「ねえ、いま第一の眷属って言った?」


『ええ、言ったわ。私の後にもう一匹居たはず……』


 そう言ったものの、思い出せないのか唸っている。トグロを巻いたエリスの前で、シリルが甲高い声で鳴いた。それは同行したフィリスを呼ぶ響き。塔の狭い部屋で反響した鳴声は、笛のように鋭く聞こえた。

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