80.傷ついた心はまだ癒えない

 街に降りたミカは、驚くほど好奇心旺盛だったわ。あれは何? これはどうするの? 片っ端から気にして、知識を吸収していく。どれだけ人里離れた場所で暮らしていたのかしら。


 それでいて人間に怯えるのは、危害を加えられたから。少女姿なのも手伝い、とても痛々しく感じた。ラエルがこっそり教えてくれた話は酷かった。


 人間に魔法を教えたら、その魔法で焼き尽くされそうになった。眷属の聖獣や聖霊も封じられ、孤立無縁で炎に立ち向かう。火や水の聖霊を扱えると言っても、彼女自身の力ではない。手足を奪うように聖霊を封じられた彼女に出来る抵抗は少なく。必死で外皮を固くして閉じこもった。


 根っこが無事なら生き残れる。じわじわと押し寄せる炎に怯え、泣きながら助けを求めたのではないかしら。隣の大陸でどうして聖樹を燃やしたのか、その辺の事情は分からないわ。でも聖樹のミカは自分から攻撃していなかった。


 一方的に襲われて震えながらやり過ごしただけ。可哀想と同情されても腹が立つでしょうね。だから口にしない。人間の中にも種類があることを知って欲しいの。ミカに寄り添える人が見つかれば、最高なのだけど。


「可愛い子だね、聖樹様と巫女様の……お子? え? 結婚式前……」


 結婚式のために準備を進めるこの国で、驚く光景に果物を売るお兄さんが固まる。事情を説明するにも長くなるので、親戚の子で納得してもらった。嘘じゃないわ。ラエルの妹なら私の義妹で親戚だもの。


「名前は?」


『……』


 答えない彼女に配慮し、代わりに「ミカちゃん、果物食べる?」と話を逸らした。名前が聞こえたお兄さんは、くるくると手慣れた様子で果物の皮を剥く。林檎は兎や花、柑橘はお洒落な船に変わった。目を見開く彼女の前で、お兄さんは笑いながら葡萄や苺を乗せていく。


 聖樹の恵み豊かなエインズワースは、季節関係なく果物が実る。その味は甘く酸っぱく瑞々しいと評判だった。帝国や王国に輸出している産業の柱のひとつだ。


『食べてごらん』


 ラエルに促され、ミカは船になった柑橘の皮を手に取った。上の実を摘んで口に入れ、頬が緩む。飾りの苺や葡萄を次々と味わい、にっこり笑った。ラエルに似てるから当然だけど、笑うと本当に可愛いわ。将来は美人確定ね。


『美味しいだろう? これを提供するのが聖樹である僕、民は感謝するから僕を敬って大切にしてくれる。お互いに与え合うんだよ』


 兎に切った林檎を食べるミカの動きが止まった。ぽろりと頬を涙が伝う。離していた手を繋ごうとした私を叩いて、彼女は駆け出した。


『与えたら攻撃されたわ!!』


 叫んだ一言が胸に突き刺さる。魔法を教えたら、その子孫が炎の魔法で焼き尽くそうとした。疫病を遠ざける魔法を悪用し、家族だった聖獣を傷つけられた。彼女の傷の深さが悲しい。


『まだ早かったかな』


 困ったね。そんな顔で呟くけど、ラエルの右手の指が小さく動いている。きっと彼女を追っているんだわ。


「少し時間を置いて追いかけましょう。涙を見られるのは嫌だと思うから……」


 ラエルにそう囁いて、青年が剥いてくれた花の形の林檎を口に入れる。せっかく作ってくれたのに、残すわけにいかない。噛んだ林檎は赤い皮の鮮やかさと裏腹に、いつもより酸味を強く感じた。





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今年も綾雅りょうがの作品にお付き合いくださり、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。良いお年をお迎えください(o´-ω-)o)ペコッ

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