78.昼寝を邪魔する来訪者
『人間が妻だなんて認めないわ!!』
言い切られた強い口調に、私は呆然とする。この小さな女の子、誰? 首を傾げた私に、ラエルがぼそぼそと言い訳めいた説明を始めた。
『先日苺のケーキを焼いた日に言うつもりだったんだけど、手を切ったし忙しかったから。後回しにしてごめんね。僕の妹なんだ。隣の大陸に根付いた聖樹で、その……いろいろあって人間嫌いになってる』
「あ、うん」
相槌を打つように頷いたものの、少女は腰に手を当てて怒っていた。褐色の肌に映える銀髪と緑の瞳、間違いなくラエルの妹だと思う。整った顔だちもそっくりだった。
本体や根は隣の大陸にあって、精神だけ聖霊として移動したのかしら。
「隣の大陸から、来たの?」
こんな幼子が一人で。そのニュアンスを感じ取ったのか、腰に手を当てて指さされてしまった。
『あなた失礼よ!! 私は聖樹で数千年は生きてるんですからね! 滅ぼそうと思ったら、あなたくらい簡単なのよ』
『僕が止めるけどね』
ぼそっとラエルが冷たい口調で遮った。その表情は怒っているように見える。歳の離れた幼い妹にそんな怒り方したら、傷ついてしまうわ。慌てて取り成したら、双子だと言われた。外見詐欺なの?
『子どもの姿なのは、力が弱ってるからだよ』
え、この子狡賢いわ。そう思った私の表情を読んで、ラエルが苦笑いして首を横に振った。どうやら見た目詐欺ならぬ、弱体して小型化だったみたい。淡い空色のワンピースを着ているが、すとんと幼児体型だ。
彼女の言葉だけなら気分を害するのに十分だけど、我慢できちゃうわ。だって、小さな子が兄を奪われそうになって、必死に威嚇してるんだもの。
「お名前は?」
『……あなたに名乗る名前なんてないわ』
『ミカエル、ミカと呼んであげて』
ツンと顎を反らして腕を組んだ少女ミカを無視して、ラエルがあっさり名前を教えてくれた。そう、ミカちゃんね。
「どうして人間だとダメなの?」
話を元に戻す私へ、ミカは呆れ顔になった。こういう顔だけ見ると、確かに大人ね。やれやれといった様子で、仕方なさそうに口を開く。無視しないあたり、性格は真っ直ぐな子みたい。
『人間は裏切るわ。一夏の蝶のくせに、聖樹に危害を加える。私の与えた恩恵を仇で返すような生き物、絶対に許さない』
悔しそうに口にされた言葉に、私はうーんと空を仰いだ。聖樹ラエルの根元で昼寝中に訪れたため、実はまだラエルと肩をくっ付けて幹に寄りかかっているのだ。お陰で少女姿のミカとも視線が合う。
『向こうの大陸の出来事をこちらに持ち込むなら、僕は容赦しないよ』
婚約者の私が侮辱されたと感じたのか。ラエルは凄むようにミカへ言い聞かせた。泣き出しそうなミカが、唇を噛む。兄妹間の関係がこじれるのなんて、望んでないわ。
「ねえ、ミカちゃん。少しこの国で過ごしてみない? 聖樹様はこの国で守り神なの。私達はあなたを裏切ったりしないし、ラエルに危害を加えたこともない。それを確かめてくれないかしら」
すぐに信じなくていいわ。でもこの国の人は聖樹を無条件に崇めてきた。国民と接したら、少しは分かってくれると思う。
『……少しだけだからね』
「ええ、何かあれば私かラエルに相談して」
譲歩したミカは、ちらっとラエルの厳しい顔を見て目を伏せる。泣きそうな少女は、そのまま姿を消した。
「ラエル、お願い。ミカちゃんは私達を害する気はないのよ。見守ってあげて」
彼女が自分で納得するまで。兄で同族のラエルは見放さないで欲しい。そう願うと前髪をかき上げて、額に口付けられた。
『僕の愛しいグレイスがそう願うなら、猶予をあげる』
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