77.タイミングが悪すぎたのよ
ラエルに妹がいたなんて、驚いたわ。もし可能なら、結婚式に参加して欲しいと伝えた。それを聞いて、ラエルは考えながら「聞いてみるよ」と答える。何か不都合があるのかしら。
もしかしたら、動けないのかも知れないわね。大陸間を移動できないなら、仕方ないけど。同じ聖樹だもの、祝って欲しいわ。
お色直しのドレスは、結婚式が終わってからの宴で着用する予定だ。結婚式の日は一日、ラエルの色を纏いたいの。翌日行われる宴で、私の青をラエルにも着てもらうつもりよ。お互いの独占欲を満たせるし、何より見せてつけたいの。私の旦那様はこんなに素敵なのよ! って。
お飾りもすべて用意したし、料理や会場の手配はすべて家族や国民が準備してくれるわ。結婚式は一生に一度の晴れ舞台にしたいから、気合が入ってしまうわね。
今日のお茶会で食べるケーキを焼きながら、お気に入りの歌を口遊む。型に入れたケーキが膨らむのを待ちながら、手早くクリームを泡立てた。
「何を作ってるの?」
するりと足に絡み付いたノエルに苦笑いが浮かぶ。
「危ないわ、ケーキを焼いているのよ。安心して、あなた達の分もあるから」
「僕、こないだのチーズのケーキがいい」
「残念。今日は苺とクリームよ」
チーズはスポンジに混ぜなければならないから、今から変更は不可能だ。そう告げると、白猫は大きく尻尾を振りながら振り返った。
「苺を多めで」
「ふふっ、わかったわ」
たっぷり積んであげる。約束してオーブンの様子を確認した。温度は大丈夫そうだし、先に苺を切ってしまいましょう。スポンジの間に挟む苺を切る私は、後ろから近づいた人物に気づいていなかった。
『ねぇ』
グレイス……と名前を続けるつもりだった彼の声にびっくりして、ナイフを落としてしまった。手を離れた刃が、私の手を掠めて落ちる。
「きゃっ!」
『ああ、ごめん。グレイス、なんてことだ……君の手を傷つけるなんて。傷が残ったら大変だよ。癒すから手を貸して』
ラエルが青ざめて私の手を掴む。血で赤く濡れた手のひらに口付け、ゆっくりと舌で辿った。傷のヒリヒリした痛みが消えていく。血を舐めとったラエルが癒した手は、切れたことが嘘のように綺麗になっていた。
「ありがとう。私こそごめんなさい」
騒いでびっくりして、自分で手を切ったんだもの。恥ずかしいわ。話しかけたラエルが何かを言いかけていたことも忘れ、微笑んだ。ちょうどオーブンのケーキが焼けて、忙しくケーキをカットして冷ます。その間に泡立てて、スポンジの上にクリームを塗る。多めに苺を挟み、上にもたっぷりとのせた。
聖獣達に分けるケーキと、私達が食べるケーキ。それから仕事中の家族に渡す分も焼いた。大急ぎで準備して、侍女経由でお母様達に知らせてもらう。
「ラエル、お茶にしましょうね」
『そうだね』
言い出しそびれたラエルが浮かべた表情に気付いたのに、私は理由を尋ねなかった。何かあれば言ってくれると思ったから。それが甘えで、自分の配慮のなさだと知るのは、数日後のことだった。
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