68.もふもふの海と、侵略の海

 準備は簡単で、まず敷物の上に座りクッションを用意します。快適な環境が整ったら、もふもふ……ではなく聖獣を手招きすれば終わりですよ。思う存分堪能してくださいませ。


「行きますわよ」


「ええ、お願いするわ」


 王太后様が木陰の絨毯に座ると、すぐにフィリスが近づきました。後ろに回り込んで、くるんと体を丸めます。そこに王太后様をえいっと倒しました。ころんと転がった彼女の上に、巨大な8本の尻尾が乗ります。


「羨ましい」


 思わずと言った感じで呟いたフィリップ陛下をフィリスの上に倒しました。


「フィリス、もう一人お願い。シリルもね」


「構わないわ」


「問題ないよ」


 聖獣達は快く受け入れます。これが巫女のいない時代なら別でしょうが、私の友人と認識したようですね。フィリップ陛下がフィリスの後ろ足に倒れ込み、あっという間に尻尾で撫で回されています。嬉しそうな声が聞こえて、私は隣のラエルを振り返りました。


「喜んでもらえてよかった」


『いまの聖獣は皆、人間が好きだからね。グレイスのお陰だよ』


「私? 何もしてないわ」


『巫女との繋がりが深いほど、聖獣は君に懐く。グレイスは僕のお嫁さんだから渡さないけど』


 思わぬ嫉妬深さを見せたラエルに、驚いて目を見開く。同時にぶわっと顔が赤くなった。今日は、あ、暑いわね。ぱたぱたと顔を扇ぐ仕草に、ラエルがくすくすと笑った。


「揶揄ったの?」


『僕は本心しか言わないよ』


 ふと、空中を見つめるようにしてラエルが動きを止めた。整った顔の眉が寄せられ、考え込むような表情になる。再び少し視線を上げて、今度は分かりやすく表情を歪めた。


「どうしたの、ラエル」


『南の海から侵入者だ。父君か兄君に伝えた方がいいな』


「……侵入、者? あらやだ、大変じゃない」


 駆け出そうとしたけれど、すぐに止められた。ラエルの言う通り、ノエルやパールが呼びに行ったばかり。私が走っていかなくても、すぐに来てもらえる。偶然だけど良かったわ。


 白い毛皮に埋もれていた王太后様が、ごそごそと身を起こした。


「何かあったのかしら」


「いえ。何でもありませんわ。もう少し楽しまれてはいかが」


 せっかくの機会ですもの。ついでに聖獣の癒しの力で、体調不良も改善しておきましょうね。私の微笑みに意図を察した翼ある狼と白狐が、再び彼女をもふもふの海に沈めた。フィリップ陛下は浮いてこないけど、ご無事よね。


 時々手や足が覗くので、問題なさそう。毛皮を撫でる二人の様子を観察しながら、ラエルに状況を尋ねた。


「危険なら急がないと」


『問題なければ僕が排除するけど』


「聖樹が人を攻撃するなんてダメよ。人の関わる事件は、人が解決しなくちゃ」


『なら、少し地面を泥濘ませて歩きにくくしておくかな』


 にっこり笑ったラエルは無邪気な子どもみたいで。だから私は見落としたの。視線を本家の屋敷へ向けた私の後ろで、聖獣達とラエルが意味深なアイコンタクトを交わしたことを。

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