66.他国の王族を拉致した形ですね

 朝の支度を終えた私は、屋敷の客間にいるお二人の姿に青ざめた。多少乱れたお姿になっていますが、オリファント王国の正妃様と第二王子フィリップ殿下ですね。着の身着のまま、おそらく拉致されたと思われる状態に血の気が引きました。


「どうしましょう、他国の王族を拉致だなんて」


 お父様に話したら卒倒しそうね。まだ眠っておられる二人の近くにあった椅子に座り、平然とした顔のラエルを手招きしました。


「ラエル、拉致はダメよ」


『なぜだい? 会いたかったのだろうに』


 間違ってないわ。そうね、伝え方が間違ってたんだもの。ラエルを責めてはいけない。深呼吸して、二人を連れ出した方法を尋ねると、あっさり教えてくれた。


『簡単さ、王宮の下に張った根を使って魔法を発動させ、風の聖霊に運ばせたんだ』


 悪びれる様子なく、当たり前のように非常識な方法を提示されました。魔法、昨日話には出ましたが、本当に存在したんですね。聖霊の力はまだ理解しやすいのですが、魔法となると……途端に胡散臭く感じてしまいます。


 滅びた古代文明の遺跡に残された書物に、魔法を使えたらしいよ、程度の情報が載っていた。これが私達の魔法に関する知識です。その魔法が現存した時代も大陸に根を張っていた聖樹ですから、識っていても不思議はないのですが。


「う……ん、?」


 王妃様より先に、フィリップ殿下が目を覚ましました。私の顔を見て、部屋を見回し、隣の母親を確認してからまた私を食い入るように眺める。言葉が出ないようです。当然ですわね。


「お久しぶりです、フィリップ王太子殿下」


「おはよ、う。あ、もう王位を継いだから」


「では、オリファント国王陛下ですね」


 表面上はにこやかに応対しているようですが、怪訝そうな表情は隠しきれません。フィリップ陛下はこてりと首を傾げて、愛らしい年齢相応の仕草で尋ねました。


「ここは、僕の居城ではないね?」


「はい、我がエインズワース公国の離宮ですわ」


「どうやってきたか覚えてないけど、そうか。の……」


 ん? 今、奇妙な表現が聞こえましたが??


「いま、なんと?」


「聖獣もふもふ国だよ。オリファントではそう呼ばれてて、つい。移住希望の民の受け入れに感謝する」


「……っ、ここは? フィリップ、無事ですか……あら……グレイス様?」


 目を覚ました王妃様は真っ先にフィリップ陛下の心配をなさったことに、なぜか安心しました。王位を継いでも我が子、その姿勢がとても王妃様らしくて。この方はお変わりなく聡明でお優しくいらっしゃるのね。ああ、もう王太后様とお呼びしなくてはいけません。


「以前のようにグレイスと」


「他国の公女殿下に、不敬は許されませんわ。えっと、状況が理解できないのですが」


 困惑した王太后様ときょとんとした顔のフィリップ陛下に、私は手短に説明しました。聖樹様のお力で、えいやと運んでしまったこと。別に危害を加える気はないこと。お会いしたいと巫女である私が口にしたことが原因だったと。すべて正直にお話ししました。


「せっかくですので、ご一緒に朝食をいかがですか」


 私とラエルの屋敷ですから、遠慮なく。そう告げた私に、お二人は顔を見合わせたあと同意してくださいました。まあ、他の選択肢を無くしてしまった現状は、大変申し訳なく思いますけれど。

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