53.心配するから不安になるの

 お庭で過ごす時間は好きよ。特に木陰でうたた寝する贅沢なんて、豪華なドレスや宝石より素敵だった。着飾ることにさほど興味がないのは、必要な物を惜しまず与えた両親のお陰だと思う。


 領地を出ての外交となれば、高価な宝石やドレスをこの身に纏った。しかし領地内では動きやすい服装を許してくれる。どちらも手が届くから、普段から着飾りたいと思わなかった。王都ではお茶会のたびに違うドレスの子もいたけれど、羨ましくもない。


 豊かな生活って、そういう事じゃないわ。自分が自分でいられる時間があって、認めて愛してくれる人達と過ごす。それ以上の贅沢を私は知らないもの。目を開けると眩しい木漏れ日が降り注ぐ私を、ラエルが覗き込んだ。膝枕をしてもらったのよ。


「ラエル、重くない?」


『君が重い? 軽くて心配なくらいだよ』


 木漏れ日を注ぐ緑の葉より淡い緑の髪が、さらりと顔の上にかかる。ひと房摘んで、くるりと指先で巻いた。ソファ代わりを務めるシリルが、はふっと大きな欠伸をする。


「やっと確認が終わったわ。今日は大好物の豆の煮物が食べたいの……あら、お邪魔しちゃった?」


 さり気なくリクエストをしながら舞い降りたパールが、慌てて目を逸らした。でもちらちらと私達を見ている。シリルの尻尾に寄り掛かるラエルが手招きした。


『パール、報告が先だ』


「はぁい。東側から入り込んだのは、オリファント王国に居た貴族の使者が中心ね。エインズワース公国に合流したいんですって」


 盗み聞きするまでもなく、人の心を読む術に長けたパールは情報収集した結果を口にした。オリファント王国から亡命や合流を望む声が上がるのは、想定済みだ。きっと父や兄が対応するだろう。


「お父様達、忙しくなるわね。お茶菓子でも作ろうかしら」


 差し入れに、子どもの頃は何度か作った経験がある。簡単そうな焼き菓子なら、侍女に手伝ってもらったら間に合うかも知れない。


「お茶菓子なら、ジャスミンが作ってたよ」


 屋敷の方から歩いてきたフィリスが、思わぬ情報を持ち帰る。お母様が作ってらっしゃるなら、私は遠慮した方がいいわ。だってお母様の方がお上手なんだもの。


『ハーブ茶を淹れたらいいよ。僕が選んであげよう』


 ラエルの提案で、ハーブ摘みをしようと決めた。お茶なら準備も簡単だし、お母様のお菓子とも被らないわ。身を起こしたら、少し肌寒さを感じた。ぶるりと身を震わせ、庭に自生するハーブを探す。


『おいで、グレイス。これを2本と、こっちが1本かな』


 ラエルが手を当てた大地から、ハーブがにょきっと生える。目を見開く私の前に、お茶に必要なハーブがすべて並んだ。言われた通りに摘み取り、籠に入れる。何もしなくても準備が終わってしまったわ。


「そういえば、ノエルはまだ戻らないのね」


 パールが空を見上げる。聖獣だから心配はしてないけど、南の海の方へ行ったのよね。一緒に見上げた空は白い雲が浮かぶ青空だ。高く抜けるような青は、上空の風が強いことを示していた。


「明日の朝に戻らなければ、私が見てくるわ」


 フィリスがそう告げたので、この場での話は終わった。そうよ、猫だからどこかで昼寝しているのかも。ノエルって自由なんだもの。過ぎった不安を誤魔化すように、私は無理に明るく考えた。嫌な予感なんてない、そうよね。

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