22.もちろん着払いで返送です
領地内を歩く私に護衛は不要です。グレイス・リラ・エインズワースが聖獣達の主人であり、聖樹様の巫女であると知らない領民はいません。何より、聖樹様の根が届く範囲で、巫女たるこの身に危害を加えることは出来ない。これは朝が来て夜が来ることと同じくらい、当たり前でした。
「姫様、今日は巫女の衣装なのですね。お綺麗です」
「ありがとう」
民の気やすい声に笑顔で応じる。シリルは狐特有の大きな尻尾を自慢げに振った。
「シリル様だ! 撫でていい?」
「僕もフィリス様に触りたい」
駆け寄った子ども達に、シリルやフィリスは機嫌よく愛想を振りまく。聖獣への信仰が厚いこの地域で、髭や尻尾を引っ張ったり、耳を摘む無礼な子どもはいなかった。赤子は本能的に畏怖を覚えるのか、大人しくしていることが多い。自由に触れさせながら、気づけばシリルやフィリスと離れていた。肩に乗ったパールは「幼子は苦手なの」と澄ました顔をしている。
くすくす笑いながら人並みを抜けていく。私に気づくと誰もが道を譲ってくれるので、揉まれることもなかった。街の中央にある噴水がある広場は、すでに祭りの盛り上がりを見せる。色とりどりのランプが灯り、人々は手を取り合って踊った。屋台がいくつも出ているが、収穫祭なので格安で提供する習わしだ。
「我らが姫君の帰還の祝いだ!」
ワイン片手のお父様が声を張り上げた。先ほどまで鳴らしていた賑やかなダンス曲が、一変する。聖樹様を讃える聖歌が流れ、人々は自然と
「ありがとう、とても嬉しいわ」
微笑んだ私の肩で、パールが厳しい声を上げた。
「敵よ!」
びくりと肩を震わせたせいで驚かせたのか。パールが舞い上がってぐるぐると回る。彼女の警戒行動でお兄様方が駆け寄り、私の左右で剣の柄に手をかけた。すぐにでも抜ける状態で、人を掻き分け近づく者を睨みつける。
「どけっ、邪魔だ! やっと見つけたぞ、グレイ……ぐぁあああああ!! なんだこれは!」
「なんてこと! 私のナイジェルを離してっ!!」
騒ぎを起こしたのは、領民ではない。私の元婚約者とその母君だった。現在は木の根に絡まれ、逆さに吊るされた男とその母親でしかないんだけど。
「グレイス、これはアレか?」
「ええ、聖樹様の根ですわね」
メイナード兄様、根と言えど聖樹様の一部なので「アレ」とか言わないでくださいませ。シリルがぶわっと毛を逆立てて唸る。フィリスはばさりと翼を出して威嚇に入った。どちらも殺る気満々ですが……いけません。美しい純白の毛が黒くなったらどうするんですか。
「シリル、フィリス。手を出してはダメよ、あなた方の白い毛並みは私のもふも……誇りです。穢すことは許しません」
「いま……もふもふって」
「言いかけたな」
お母様、お父様、煩いです。もふもふは埃の原因ですが、誇りですわ。それにこんなに愛らしい彼や彼女の純白の毛に曇りなんて許せません。ここは使える者を使って、邪魔者を排除しましょう。
「カーティス兄様、メイナード兄様、やっておしまい!!」
セリフが完全に悪役ですが、構いませんわ。応じた兄様達に、宴で酒の入った領民がぞろぞろ続きます。あっという間に縛り上げられ、二人揃って領地外へ輸送されることになりました。手際がいいですね……狩りの獲物のように厳重に拘束された後、翌朝のウォレス行きの定期便で送り返す予定です。国王夫妻へ向け、きちんと責任もって管理するよう手紙も添えました。
あ、もちろん輸送費用は着払いですわ。
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