19.爵位剥奪は大歓迎でした

 エインズワースが公爵家と呼ばれるのは、お母様が皇女殿下でいらしたから。まだ皇位継承権も保持しています。そのため、順位はあまり高くないですが、兄二人と私も皇位継承権が与えられていました。


 我が家はマーランド帝国の公爵なのです。皇帝陛下の姉であるお母様のお陰ですが、一応オリファント王国での爵位もございます。そのため父はエインズワース侯爵でした。その爵位は剥奪されたので、自動的にマーランド帝国エインズワース女公爵の夫になります。


「すっきりしますね」


「本当に、ややこしかったからな」


 お母様とお父様の表情が、ちょっと怖いです。これはきっちりやり込める気ですね。我が領地の大半は、聖獣が住む聖樹の森です。間に小さなオリファント王国があり、その領土は我が公爵領の半分以下でした。帝国から見れば、小さな自治領扱いです。その小国を挟んで、マーランド帝国が広がる地図を広げ、お父様がにやりと笑いました。ちょっと悪い人みたいですよ。


「まず、わしから侯爵の地位を剥奪したことに対し、王家に謝罪……は不要だな。感謝の文章と今後の貿易格差是正の申し出をする」


「そうね、謝罪なんて何にもなりませんもの」


 お母様、その笑顔は何だか黒いです。


「一度に全てのカードを切ったら、王国が潰れてしまうわ。それでは善良な貴族と民を無駄に苦しめることになります。ここは腰を据えて、じわじわと首を絞めてやりましょう」


 お母様、前半はいいことを仰ってるのに、後半で台無しですわ。本音がダダ漏れですもの。


 うふふ、おほほ、あはは……和やかな休憩室に笑いが溢れる。全くもって平和です。これからあの王子の相手をしなくていいと思うだけで、気分がどれだけ楽になるか。


 私の背凭れ役を買って出たシリルを存分にもふりながら、癒し効果に目を細める。用意された止まり木で毛繕いに夢中のパールが、声を上げた。


「あ、フィリスが帰ってくるみたい」


 空を飛べる仲間同士だからか、フィリスとパールは仲がいい。彼女の声に窓の外へ目をやれば、巨大な狼が舞い降りるところだった。背中の羽を含め、体毛は曇りなき白一色だ。日差しに映えるわね。


 すっと小さくなって、庭の茂みに隠れる。と思ったら、勢いよくこちらへ走ってきた。心得た様子で執事のエイドリアンが扉を開いた。


「ありがとう」


 礼を言って部屋に飛び込むフィリスが、私の膝にいたノエルを押し退けて腹ばいになる。そのまま寝転がるから、可愛すぎて抱き締めた。腹に顔を埋めるとお日様の匂いがする。ああ、幸せ。


「そういえば、エイドリアンは家令に戻らないの?」


 もう王都の屋敷に戻る予定はない。ならば本家の家令である息子スティーブンと交代すると思った。だが彼は首を横に振り、否定する。


「いえ、もう譲った仕事です。お嬢様専属の執事として、のんびり過ごさせていただきます」


「エイドリアンがそれでいいなら、構いません」


 現エインズワース公爵家当主のお母様の許可を得て、私に専属執事じいやが出来ました。じいやは幼い頃から一緒だったから嬉しいわ。これからもよろしくね。

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