02.王子であって、王太子ではない

 何が起きたのか。国王ヘイデンは夜会の広間に立ち尽くしていた。伯爵家以上の高位貴族に招待状を出したはずだ。ほぼ参加の回答を得ていたのに、がらんとした広間の状況に呆然とする。残っているのは3割ほど。


 駆け寄った侍従長が焦った様子で説明を始めた。最初は冷静に聞いたヘイデンだが、徐々に怒りと情けなさで顔が赤くなった。


 我が息子は二人、正妃が産んだ第二王子フィリップはまだ幼い。故に側妃が産んだ第一王子ナイジェルと、年齢が釣り合うエインズワース公爵令嬢を婚約させた。彼女は国にとって重要な役目を持ち、なおかつ気品溢れる女性だ。未来の王妃に相応しい、オリファント王国で唯一の公爵令嬢だった。彼女以上に優秀な貴族令嬢はいない。そのグレイス嬢に、婚約破棄を突きつけたというのか?


 貴族諸侯の面前で恥をかかせ、彼女はこの場を去った。その様子に呆れた諸侯も場を辞したらしい。説明が終わる前に頭を抱え、床に蹲って呻いた。だが、すぐに我に返る。


「まずい! 王都の城門を閉じよ。エインズワース公爵令嬢を逃すな」


「はっ」


 騎士団長が一礼するが、妙にゆったりした足取りで出て行った。奴はこの緊急事態を何だと思っているのか! 急げと背中へ怒鳴ったところに、元凶はけろりとした顔で現れた。


「父上、エインズワース公爵家は思い上がっています! 叩き潰してやりましょう」


「うるさい! 全部お前のせいだ。エインズワース公爵令嬢に対し礼を失するなと、あれほど……あれほど申し付けたであろう! それを婚約破棄だと? 貴様にそのような権利はない!!」


 父である国王に叱られ、第一王子ナイジェルは驚きに目を瞠った。怒鳴り散らす姿など見たことがない。落ち着いた父王が取り乱していた。思い通りにならない公爵令嬢との婚約など、王家に一利もない。だから破棄した。何が問題なのか、ナイジェルは理解できずに眉を寄せる。


 第一王子だが、王太子ではない。その意味を、この馬鹿は理解していなかったのか。侍従長の手を借りて立ち上がったヘイデンは、振りかぶった拳で息子の顔を殴った。手を挙げたのは初めてだ。怒りに震える拳でもう一発殴る。倒れ込んだナイジェルへ声をあららげた。


「何たる愚か者、王家を滅ぼす気か!! お前の役目は、エインズワース公爵家と王家の橋渡し、それだけだ」


「ですが、俺は王位継承権を持つ王子です! 馬鹿にされて我慢するなど……」


「王位継承権だと?! お前に与えたことは、一度たりともない!! キャサリンはどのような教育をしたのだ」


 側妃キャサリンを罵りながら、息子ナイジェルを否定する。公爵家との繋ぎ以外の役目は果たせない愚か者が、何を思って勝手に動いたのか。もしグレイス嬢があと5年遅く生まれていたなら、歳上であろうとフィリップの婚約者に出来たのに。こんな馬鹿を使ったわしが悪いのか。


 王位継承権と存在価値を完全否定され、ナイジェルは膝を突いて床に崩れ落ちた。両手をついて項垂れる。衝撃を受けた愚息の上に、国王ヘイデンは怒りの滲む声で言い渡した。


「お前の顔は二度と見たくない。キャサリン共々、王家を去れ。二度と王族を名乗るでないぞ」

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