第22話 sideユリアーナ
「俺を見捨てないでくれええええええええええええ」
そう私のドレスの足元へ縋りつき泣き喚く
本当に幼い頃より何時も何かをやらかした際は私の足元へと縋りつく。
いえ最初は同じくらいの背丈でしたもの。
なので抱き着いて泣いていた……でしたわね。
そうして年を重ねお互いが成長していく間に抱き着いていた場所が徐々に下へ、ええ肩から腰へ、腰より足元へと変わったのは本当に何時の頃だったのかしら。
あら嫌ですわ。
この表現ですとまるで私が大女になったみたい。
私は至って普通の女性の平均的な背丈でしてよ。
ただ旦那様の方が若干……まあ去年に測定した時は2mでしたかしら。
おほほ、なので必然的に抱きつく事が難しいと判断した旦那様がその様になってしまわれたのですわ。
はぁカミルは良くも悪くも大人しく真面目な性格。
優しくて素直……でも悪く言えば少々大人の男性としては頼りない。
何時も友人達からのお願いと言う無茶ぶりで自分勝手な望みをカミルへ一方的に押し付ければです。
彼はそんな友人達の望みを断り切れず何時も何だかんだと最後には受け入れておりましたわ。
勿論最終的にはカミル自身が対応出来ず幼馴染であり婚約者でもある私へと泣きついてきたのですけれど……。
私の家族……いえカミルの家族もそんな優柔不断で意志薄弱なカミルとは無理に結婚しなくともよいからと、何故か周囲からはカミルよりも優良物件な子息や王宮の、然も王族付きの女官や文官へと何度も推薦してくれましたの。
しかしその何れをも断り二ヶ月前にカミルと晴れて夫婦となったのは彼の、私への変わらぬ一途な想い……なのでしょうね。
若しくはお馬鹿な子程可愛い……いえこの場合は夫ですわね。
まあ私は事務的な仕事が比較的得意分野でもありましたし、カミルのやらかした後始末も退屈な人生においてちょっとしたエッセンスかとも思い至りましたのよ。
それに必要とするよりも必要とされる方が何かと上手くいくものですしね。
ともあれ最終的には私自身カミルの事が放っておけないのと同じくらい愛していたのでしょう。
ただ今回ばかりは少々頭が痛いですわね。
カミルの悪友……もとい糞で屑男の代表格でもありさる侯爵家のしがない三男のエグモンド様。
学生時代より何かとカミルへ無理難題を押し付けて来られた内のお一人。
私自身エグモンド様に対していい印象はこれっぽっちもありません。
はっきりと申しまして何時の日か折りを見計らえばです。
どの様に料理してやろうかと虎視眈々に狙い澄ましておりましたの。
ほほ、それは当然でしょう。
何が悲しくて夫が私へ縋りつく……いえ抱き着く位置が腰ではなく足元限定になったのか。
その理由はほぼほぼこいつ様の持ち込み案件の所為でもありますからね。
然もですわ。
度し難い事にエグモンド様は私が崇拝してやまない公爵令嬢ヤスミーン様の婚約者と言う事実!!
流石にヤスミーン様ご本人へ確認させて頂きましたのよ。
さすればヤスミーン様ご本人も『親が決めた婚約ですわ』と何とも悔しそうに、いえ淑女の鏡でもあられるご令嬢は常に仮面を身に着けておいででしたわ。
普通の会話や表情では一切その様な感情を滲ませられる事はありません。
ですが私達の様にヤスミーン様を崇拝する者にだけはわかるのです。
ああこの婚約にご納得されておられない事を……。
しかし私達は貴族なのです。
譬え意に染まぬ結婚だからとは言えその背景にある領地領民の幸せの為とあっては捧げたくはなくともです。
時に心を押し殺し夫婦とならねばならない、それが貴族へと生まれた者の宿命。
その点でいえば私は幸せなのかもしれません。
何故なら多少苦労はしますけれども一応恋愛を経てからの結婚ですからね。
「ごめんね、ごめんなざいユリー。どうが俺を捨でな゛い゛でぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ドレスの裾ごと私の足、ええ太ももではなく
泣き叫ぶ顔はボロボロで、涙だけではなく鼻水までも私のドレスへ擦り付けて泣き叫んでおります。
はっきり言ってウザいですわ。
考えを纏めようとすればする程カミルの声が邪魔になるのです。
しかしここでウザいから口を閉じろ……等と一言告げた瞬間今度こそ脹脛でなく足首若しくは足背へと顔を擦り付けて泣くのでしょうね。
もっと男らしく堂々となって欲しい……そう意味を込めてお義父様は隠居なされたと言うのにです。
親の心子知らず……まさにその言葉通り。
ついでに言えば妻の心夫知らずも付け加えましょうか。
兎に角このままではいけません。
あの糞男の所為で場合によっては我が伯爵家の未来も風前の灯。
いえその前にヤスミーン様への悪意のある裏切りも許せませんわ。
この機会に奴を綺麗に
その為にも今は一刻も早くヤスミーン様へ連絡をしなければ!!
どがっ
「あう゛!?」
あう゛?
「ひ、酷……う、うぅい、いだい〰〰〰〰」
「あらごめんなさいカミル」
ついうっかりでしたわ。
縋りついていた者の存在を忘れて部屋を後にしようとすればです。
どうやら一歩踏み出した際に思いっきりカミルの顔面へ蹴りを入れてしまったようです。
はあ、これはこれで慰めるのも一苦労……ですが私は事を急いでおりますのでカミルへの対応を後回しにすれば、一瞥もせず謝罪の言葉だけを残しその部屋を後にしました。
まあそれもこれも問題を請け負った貴方も悪いのですからねカミル。
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