ワタシが海に行くことになる日。
ももいくれあ
第1話
ワタシは度々海に行く。
それは途方もなく、果てしない、切ない、息苦しさを抱えて海に行く。
夏になると海水浴場は大勢の人が集まり、海の家が軒を連ね、砂浜はキラキラしていた。
でもワタシは、夏でも冬でも秋でも春でも海に行く。
それがワタシの決まりごとだったから。
春になって、桜が咲いて、緑の香りが心地よい頃、
決まってワタシにやって来た。
それは容赦なくワタシを打ちのめし、これでもかというくらいにはがいじめにして
ワタシを海に連れ出した。
夜でも昼でも朝でも、いつでもやって来て、いやというほどまとわりつく。
一度始まってしまうと途方もなく、ワタシはいつでもクタクタだった。
それは、ワタシの意思とは全く無関係にも思えたけれど、
やっぱりどこかでワタシが関係していたのかもしれない。
ワタシが呼んできていたのかもしれない。
肩スレスレに伸びたワタシの髪は入念にケアされていて、いつでも潤っていた。
カレはいつもその髪をそっと撫でてくれた。
甘い囁きは、悪魔の声。
ワタシはいつの間にか、いつもの場所に座り込みボー然としていた。
ことが終わると、それはまるで何もなかったかのように、
でも、確かに嵐の後の様な傷痕をワタシに残して去っていった。
そんな日々が2年続いたある時、
カレが突然騒ぎ出した。
そうだ、これからは海に行こう。
禊だ。
そう決めてからは、一体何回海に行く事になっただろうか。
一度行った海には行かない。
全国の海辺を行き尽くしたら、海外にだって行けばいい。
そう言ってカレはワタシを禊のタビに海に連れ出した。
肩スレスレの綺麗な髪は今では見る影もなくなっていた。
夏でも冬でも秋でも春でも、
ワタシは一年中色とりどりの帽子とマスクとサングラスをかけていた。
帽子は素材にもこだわった。
夏はやっぱり暑いのでリネン100%のゆるりとしたモノ。
真冬にはアルパカ入りのフカフカのモノ。
春先はツバの大きめのフェルト素材のモノ。
秋には濃いめの色の麦わら入りのモノ。
色も形も素材も、結局いくつも買う事になった。
だって、ワタシの髪はもうすっかりバサバサになり、枝毛だらけ。
太くて短いチョビ毛がピンピン、ツンツン頭のてっぺんにひよこみたいに生えていた。
家中が毛だらけで、毛根のついたそれらに囲まれて暮らすワタシは
馬のような頬をしていて、カカシのような手足になって、爪にはボコボコの波模様ができていた。
床に毛を見つけたカレは、
それに毛根がついているかどうか入念に見入っていた。
間違いない。
さっきまでワタシを襲っていたそのざわつきが、
ぐったり横になったそのワタシの姿が、
ジンジン痛む頭を抱えてうずくまるワタシを見つけてカレは言った。
禊だ。
翌日は、たとえどんな天気だったとしても、カレがどんなに忙しくても
ワタシがどんなに疲れていても、
新しい海に向かった。
真っ白いスポーツカーのヒートシーターはいつでも暖かくワタシを迎えてくれた。
それは物理的にも精神的にもそうだった。
あれからどれだけの海に行っただろうか。
もう日本中に行く浜辺がなくなるくらい、
カレとワタシは海に出かけた。
そして、いつの日にか同じことを思っていた。
もう、おしまいにしよう。
これ以上は。
ワタシの海は泡のように消えてなくなった。
ワタシが海に行くことになる日。 ももいくれあ @Kureamomoi
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