第3話 “学ぶ”という事

 俺の通った道場は、地元にある小さな所。


 “火凪ひなぎ千仞せんじん影流”。戦時中、魔族と戦うべく各地で様々な技が編み出され、これもその一つ。つまりは歴史ある古流武術だ。


 だが戦争が終わり、この道場は門下生がめっきり減ってしまったそうだ。

 平和になったから、というのは勿論だが、他の武術に大きく人気を取られてしまったから、というのも理由らしい。


 前世の、魔王であった俺の首を跳ね飛ばした男の──“鳴神流”。

 そして俺を翻弄し、最後まで動きを捕らえられなかった男の──“神風流”。


 この2つが武を志す者達の人気を博し、各地の道場は侘しい思いをしているだとか。


 俺も鳴神流と神風流に興味があったものの、道場が家から遠いので止めた。それに授業料が非常に高い。

 将来、宮廷兵士を目指すべく、国立の学園に入りたい。その受験料や入学費、授業料も非常に掛かるので、あまり両親に負担は掛けたくないのだ。


「よくぞ入門してくれた……武を学びたいのなら、応えよう」


 俺を迎えた師範、キドラ=ロータスさん。


 一目見て解った。──この人は、強い。恐らくあの時の戦争に駆り出しても、多くの魔物を屠って帰還するだろう。

 髪は無くなり、白い髭の生えた御老体。にもかかわらず、この覇気……これが、武を極めし者か。


 俺は師範に習い、先輩たちと打ち合い、修行に明け暮れた。


 師範の技には、惚れ惚れするばかりだった。相手がこう来れば、こう返す。対処法を一つや二つ覚えるだけで、戦いの質が大きく変わる。

 相手もまたその対処法を知っていれば、更にそれを読んで裏をかく必要がある。


 戦いとは、命を賭け、血を流すもの。戦時中はそう思い、ひたすら無心で戦っていた。それが初めて、人間に魅せられたんだ。


 七天魔の“アイツ”に技を教わった際、こう言われた。


『“技”とは、強者が弱者をより確実に、完膚無きまでに潰す為のもの』


 だが、人間の技は違う。弱者が強者を倒す為にある。


 不思議だ……戦いであるのに、俺は何故楽しんでいるんだ。

 俺には元々、目指すものが無かった。学ぶ事が無かった。学んだとして、それがどう役立つのか分からなかった。まあ結果として、俺は人間に敗北した訳だが。

 俺は今、追う側に立っている。この師範の技を盗みたい。師範に追い付きたい。そう考えるだけで、やる気というものが湧いて来る。


 これが……学ぶという事なのか。


  *


「ふむ……筋は良し」


 修行を始めて数日。

 俺の動きを見て、師範がそう評価した。


「シオンよ。お主には武の心得があるように見える」


 そう見抜かれた。確かに前世で、いくつもの技を教わっている。


 だが、それを人として使うのは……


「いえ、それは……」

「……まあ良い。戦士たる者、隠し玉を持つのは悪い事ではない」


 見抜かれたものの、師範はそれを咎めず引き続き修行が行われた。


「……しかし、覚えておきなさい。技に罪は無いと」


 師範は何か見透かしたように、そう言い残した。


  *


 道場に通い始めて数ヶ月。

 今日も汗を流し、拳や竹刀で打たれ、夕日の眩しい時間帯に帰宅する。


「シオンちゃん、おかえり〜! 今日も遅くまで頑張ったわね!」


 家に帰ると、いつも必ず母さんが労ってくれる。この数ヶ月、毎日毎日、飽きずによくやるものだ。昔から甘い人だ。


「あら、また怪我してるじゃない! 治さなきゃ!」

「平気だよ」


 痣や打撲傷を作って帰ると、母さんが魔法で治してくれる。

 自分で出来れば良いのだが……俺には治癒が向かないようだ。


「道場の調子はどう?」

「楽しいよ。今日は上手く出来て褒められた」

「まあ! 凄いわシオンちゃん!」


 自分の腕が上がるというのは、面白いものだ。自分に出来なかった事が、出来るようになる。上の者へ少しずつでも近付いている。

 師範、先輩、そして両親。他人に認められ、自分が生きていると実感できた。


「まだまだ頑張るよ。将来は宮廷兵士に成りたいから」


 この数ヶ月で、体付きも良くなった。

 これから学園に入学できる歳になるまで10年弱。それだけの時間があれば、俺はもっと強くなれる。だがそれと同時に、周りの人間も成長する。

 俺は人として、どこまでの高みへ昇れるのか。この人生で試してみよう。


  *


 ──1年が経過。体作りをしつつ、基本の型を徹底的に教え込まれた。

 修行は厳しく行われたが、精神的には苦に感じなかった。


 毎日明け暮れた結果、俺より先に入門した同い年、少し年上の先輩を打ち負かす事が出来た。もっと経験があり年上の先輩は、俺の成長に抜かされまいと更に勤しむ。


 ──2年目に入り、技らしい技を教えられた。というのは、剣や拳の構え方や、相手の攻撃の捌き方など、武術ならばどこでも教えるであろう事ではなく、火凪千仞影流この流派ならではの固有の技だ。


 時に火の如く苛烈に、時に凪の如く穏やかに攻める。それが教えだ。


 技を覚えると、実戦が楽しみになる。試合で使えるよう、しっかりと極めなければな。失敗して不発に終わると格好も付かない。


 ──5年が経過。結構な数の技を教えられ、反復練習を繰り返し、技の精度を高める。

 経験の深い先輩とも、良い勝負が出来るようになった。


「……シオン、お前は凄い奴だぜ。後から入門したってのに、俺と互角になるなんてな」

「師範と先輩が目を掛けて下さったお陰です」

「謙遜すんな。お前は飲み込みが早いからな。嫌でも気にしちまう」


 先輩と稽古する回数が増え、よく話をするようになった。


「お前は何か、目標があるのか?」


 そう聞かれ、俺は答えた。


「将来は宮廷兵士になろうと思っています。その為に、フィリアム武闘学園に入ろうと」


 俺が住んでいるこの国、フィリアム王国。その国立校の中で、兵士を育てる事に特化したのが2つ。

 一つは魔法を専門に教える。俺が入りたいのはもう一つの方、剣術や体術を専門に教える学園だ。


「ッ……! そうか……」


 先輩は何か驚き、一呼吸置いて話した。


「……俺も、そこに入ろうとしたんだ。だが実力が足りず、落ちちまった」

「そう……ですか」


 一瞬顔を曇らせた先輩だが、すぐに明るくなった。


「だがな、お前はその歳で俺と張り合っている。これから修行を積めば、合格する可能性は十分にあるはずだ。師範もぶっきらぼうだが、自分の弟子から国立学園の合格者が出れば、喜ぶはずだぜ」


 そう言って俺の背中を叩き、激励してくれた。


「なら、早く先輩を超えなければなりませんね」

「やってみろ。俺だって成長してんだぜ」


 他人と競い合う楽しさも、ここで学べた。

 学園に入れば、より多くの人間と争う事になるだろう。


 ──待ち遠しくなってきた。

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