転生魔王のリスタート

スピニングコロ助

第1話 奇奇怪怪なる王

 ──人間。二対四本の手足を持ち、高い知能を持つ生き物。

 動物に比べ、筋肉や脂肪が少なく、身体能力で大きく劣る。その代償として知能が発達したのだろうと言われている。


 不思議な事に人間は、同じ種族であるにもかかわらず、体格・顔貌など、人の数だけ違いが存在する。

 しかしそれでも、人間は団結した。そして知識を駆使し、技術を高めた。全ては生き残る為。か弱き彼らが、強大な他者に淘汰されない為に。


 ──魔族。高い知能を持つ者は少なく、多種多様な形が存在する。

 人間からすればその姿は異形、畏怖の対象であり、その能力は基本的に人間を大きく上回る。故にそれらは魔の族と称され、積極的に駆除された。

 動物との違いは、動物は犬や猫など様々な種族の総称であるが、魔族は姿形の異なるそれら全てを一つの種族としている。


 ──相容れぬ2つの種族は、自分達の領域を守る為、脅威となる存在を排除する為、衝突し、戦争へと発展した。


 身体能力では、圧倒的に魔族が上。

 それに人間が対抗できたのは、剣などの武器や素手による武術、知能による戦法、個の力ではなく大勢が協力した事だろう。


 そして──彼ら自身でも解析不能であり、不可思議な存在、“魔力”。

 それは人間の身体能力の一部であり、自在に操って様々な事を可能とする。魔力を使用して行う技を、“魔法”と呼んだ。

 魔族も魔力は持っているが、それを使いこなせるのは高い知能を持つ一握りだけ。


 ──結果、人間と魔族の戦力は拮抗した。

 しかし種族というのは、全てが全て同じ実力ではない。平均的な者が居れば、弱者や強者も存在する。

 人間の中に、奇跡の産物と呼べる、規格外の天才が現れた。彼らは強靭な肉体と洗練された技で、戦力差を一気に広げたのだ。


 ──しかし、それに呼応するかのように、魔族側にも“ある存在”が誕生した。


「────ッ…………?」


 “それ”は自分の置かれている状況が分からず、頭に疑問符を浮かべた。


(ここはどこなのか?)

 彼は何の前触れもなく、突如として現れた。


(彼らは何者だ?)

 彼は周りに居た魔族を、全く知らなかった。


(自分は誰に育てられた?)

 彼には親が居なかった。そして知能を持っていた。


(自分は──何なんだ)

 彼は、決まった形を持っていなかった。


 一応、手足という認識はあり、似るとすれば人間に近しいだろう。だが正確な形は定まらず、液体? 気体? のように不安定だった。

 異形の化け物? 形が無いものを異形と呼べるだろうか。


 どこから生まれたのか分からない。しかし知能と、ある程度の知識はある。


 そして──圧倒的な強さ。

 襲って来た魔族を、軽く腕を振っただけで吹き飛ばす。

 試しに軽く魔力を使ってみると、地をえぐる程の威力。


 ──魔族は直感した。“あれ”には逆らってはいけない、と。


「おお……王よ」


 魔族の中でも知能を持ち、戦争を指揮していた者が、そう唱えた。

 戦争は今のところ人間が優勢。だが、彼が居ればひっくり返せる。


「あなたに従います。どうかお導きを」

「…………?」


 自分にひれ伏す魔族の面々に、彼は困惑した。


 しかし──自分が何者なのか分からない以上、とりあえず周りの者たちに合わせるしかない。彼はそう考え、流されるがまま魔族の仲間となった。


 そして彼は魔族の王──魔王と呼ばれ、その存在は人間にも知れ渡った。


(自分は……王となったのか)


 魔王はまるで子供のように、いきなり権力を持たされた事に不安を覚える。


(人間とは何なのだろう。自分はまだ魔族の事すらよく知らない)


 戦争をしている2つの種族。魔王はそのどちらにも感情移入が出来なかった。

 しかし、それでも魔族は自分を王として頼りにしている。ならばそれに応えるのが世の常だろうと、魔王は考えた。


 戦争は激化。

 魔王の戦略が加わった事で、人間は虚を衝かれる。

 魔族の棲む領域──通称“魔界”へ深く攻め入れば、魔王の圧倒的な力に倒される。


 魔王は人間と戦い、その力に気が付いた。


(人間……どんなものかと思ったら、身体能力は魔族に遥かに劣るな)


 にもかかわらず、人間と魔族の戦力は拮抗。


(人間とは……弱いようで強いのか? 不思議だ)


 魔王は人間という存在に、いささか興味を持った。


  *


 魔王は人間に習い、出来るだけ魔族を統率しようと考えた。戦争を指揮する者は居たものの、その効果はごく僅かなもの。そもそも魔族は全体的に知能が低く、団結力が無い。


 人間の中に天才がいるように、魔族にも他を圧倒する上位種が存在する。

 唯我独尊、孤軍奮闘。それらは各地で暴れ、襲って来る人間を駆逐していた。


 しかしそれも、ずっと続けば、また人間が更なる戦法や強さを発揮すれば、いずれ負けるやも分からない。


 魔王は各地を巡り、彼らに協力を要請した。

 素直に応じる者も居れば、歯向かう者も居る。後者の場合は、返り討ちにして屈服させた。そのようなやり方は、魔王には不本意であったが。


 上位種が集まり、魔族はまた戦法を変えて人間を翻弄する。

 上位種の中でも更に最高峰──ひいては魔王の次に強く、魔王を除けば最強であった者達。それら7体は魔王の側近となり、“七天魔”と呼ばれた。


 その後、魔王への尊敬の意として、魔法を使える魔族が城を建てた。王である彼に居城が無ければ、王としての示しがつかない。

 王の間に座る魔王。気付けば王に祭り上げられ、このような場所を用意され、正直なところ困っていた。


 実際、魔王の力によって魔族が助けられているのは確かなのだが。


 ──魔王誕生から3ヶ月が経過。

 魔王のもとへ、魔族の1人が駆けつけた。


「魔王様、失礼致します!」

「どうした?」


「……“七天魔”テレーゼ様が、お亡くなりに……」

「……そう、か」


 戦力の要であり、数多くの人間を屠ってきた七天魔。

 しかしその彼らも、人間との戦いで疲弊し、傷付き……とうとう減って行った。


「……自分がもっと、上手くやれていればな」


 次々と死にゆく魔族に、魔王は自分の不甲斐なさを感じた。


 あくまでも戦争で協力する仲。友情や絆などという高尚なものではない。

 しかし自分を信頼する魔族の皆に、勝利を与えてやりたいと思うようになったのだ。七天魔には我の強い者もいたが、魔王を慕う者もいた。


「……他者に頼られる、悪くない気分だった」


 自分という存在が分からない魔王。

 他に流され、困惑してばかりの毎日であったが、自分を必要としてくれる事には多少なりとも喜びを感じていた。


 もし、自分が孤独であったなら、何も得る事なく消え入っただろう。他者に必要とされ、初めて“自分”を実感できた気がしたのだ。


  *


 ──魔王誕生から6ヶ月。

 七天魔は全て倒され、上位種もほとんどが殲滅された。


 そして……その決着は、ついにやって来る。


「魔族の中に統率者が居るという噂は、本当だったのか……」

「道理で急に戦術が変わったはずですね」


 王の居城へ、人が足を踏み入れた。

 殺意を向けられる魔の王。しかしその心は、酷く澄んでいた。


(多くの魔族を失った。自分は相応の力を加担したつもりだが、魔族はいずれにせよ滅びる運命だったのかもしれない)


 目の前の人間達を一瞥する。


(一人一人の力は、そこまで脅威ではないはず。そんな彼らが、魔族の皆を、あの七天魔を、討ったというのか)


 魔王に、人間への憎悪など無い。元より、戦争に善悪は存在しないのだ。

 自分のもとへ辿り着いた人間達。彼らに対し魔王が抱いた感情は、


(素晴らしい)


 ──尊敬、であった。


「このオーラ……今まで戦ったどの魔族よりも強大……!」

「皆、油断するな。一斉に叩くぞ」

「応ッッ!」


 人間の中でも類稀なる才を持ち、前線で活躍した者達──彼らは後に“英雄”と呼ばれる事になるのだが。


 いよいよ人間と魔族、それぞれの最高戦力が衝突する。


「これが……この戦争の山場か」


 魔王は人間達の攻撃を受けた。

 本当は戦うつもりなど無い。しかしもう、後には引けないのだ。


 ──激しい攻防。並の者には目で追う事も不可能。少しでも近付こうものなら、攻撃の余波に巻き込まれ、何が起こったかも分からず即死する。


 軍配があげられたのは──人間だった。

 雷の如き一撃が、魔王の首を跳ね飛ばした。


 ──死にゆく中、魔王は様々な事を考えていた。


(人間……強かった、な……魔族の皆、すまない……ここまでのようだ)


 自分が導く役目を与えられたにもかかわらず、勝たせられなかった魔族への謝罪。


(魔族の方が、純粋な実力では上だったはず……人間、お前達は……)


 そして、自分を倒した人間達に対し、改めて抱いた感情は──


(巧みな戦術、高度な技や魔法……そして相手が異形の者であっても、恐れず立ち向かう胆力……)


 怒りでも、憎しみでもなく、興味。


 この世の事を全く理解していない魔王は、大きな好奇心を持っていた。


(もしも、生まれ変わる事が出来たのなら──)


 生誕より、寿命は僅か6ヶ月。


 薄れゆく意識の中で、魔の王は淡く願った。


(人間というものを、経験してみたい)

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