歪んだ場所
@aikawa_kennosuke
歪んだ場所
子どものころ、変な場所を見つけたことがある。
小学校1年生か2年生の時分だったと思う。
私は片田舎の団地育ちで、同じ団地に仲がいい同級生の子が何人かいた。
お互いの部屋や、団地のすぐ近くの公園へ遊びに行ったりしていた。
よく遊ぶのは2人、カズキとタカノリだった。
ある日、公園で遊ぶのが物足りなくなった私達は、自転車を10分ほど漕いだところにある小さな山へ行くことになった。
その山は中腹まで階段が続いており、登り切ると古びた神社があった。木々が日を遮っているからか、周りが暗く、夏にしてはひんやりとした空気が漂っていたのを覚えている。
その神社の裏側へ回ると、山の中へ狭い道が続いていた。
私達3人はもちろんその先へ進んだ。
宝探しでもしているような高揚感を懐きながら進んでいくと、道はどんどん険しくなっていった。
湿った土が多くなり、草木もより鬱蒼と茂って手足にまとわりついて来たが、なんとか進むことができた。
10分ほど歩くと、頂上と思しき開けた場所に出た。
そして、その場所の中心に古びた小屋があった。
木で組まれた小さな小屋で、壊れかけた観音開きの扉が少し開きかけていた。
私はどちらかと言えば遠慮がちに振る舞う方だったが、カズキとタカノリは気の強い方で、迷うことなくその小屋に入ろうとした。
タカノリは3人の中で一番体が大きく力も強かったので、小屋の異様な雰囲気には構わず、強引に扉を開けた。
中は昔の民家のような内装だった。
扉の先には土間が広がっていて、簡易な台所のようなものもあった。
そして土間のすぐ先には、縁側のような段差で隔てて畳の間があり、右奥の方には細長い仏壇らしきものが置かれていた。
始めて足を踏み入れる、時代劇でみるような古民家に私達3人の心は踊った。
まるで江戸時代にタイムスリップしたように思った。
私達はさっそく、その小屋の中で遊び始めた。
最初は持ってきていたカードゲームで遊んでいたが、飽きてしまうと、今度は小屋の周辺から良さげな枝を拾ってきて、小屋の中でちゃんばらをした。
家の中でちゃんばらをするなんて、いつもだと許されないから、3人とも強い開放感を覚えたのか、いつも以上に大きな声ではしゃいでいた。
ただ、タカノリの力が強く、すぐに優劣がついてしまい、私とカズキはあっという間につまらなくなった。
そして、優越感を覚えたタカノリは、少しずつ乱暴になっていった。
彼はちゃんばらで使った木の枝を手に取ると、小屋の中に打ち付け始めた。
多分、こんな小屋壊してやろう、みたいな子供特有の突拍子もないノリからだったと思う。
標的が物言わぬ小屋になったのをいいことに、私とカズキも加勢して小屋の中を叩き始めた。
しかし、それから奇妙なことが起こり始めた。
小屋の壁を叩いていた枝が、なぜか短くなっていくのだ。先端は折れたようになっているが、破片はどこにも落ちていない。
そして、枝の使い勝手が悪くなったのか、タカノリは土間に落ちてあった小石を拾って、壁に向かって投げつけた。
けど、石は壁に当たることはなかった。
何が起こったのか分からず、3人ともキョトンとしていた。
投げたはずの石が忽然と消えた。
投げた本人のタカノリが一番驚き、キョロキョロと周りを見て投げた石の行方を探していた。
タカノリはまた別の石を拾って壁に投げつけた。
するとまた、石は壁に当たることなく消えてしまった。
何が起こっているのか分からなかった。
けど、私達は子どもだったから、何かおかしいという恐怖心よりは、なんだこの面白い現象はという好奇心が勝っていた。
だから、3人で面白がって壁に向かって石を投げ始めた。
壁に石が当たる音は一度もしなかった。
石がどんどん消え失せていき、その度に3人で興奮して騒いでいた。
だが奇妙な現象はそれだけではなかった。
3人で騒いでいて、カズキが尻もちをついて土間に倒れた時だった。
カズキの姿が一瞬消えたのだ。
私とタカノリが呆気にとられていると、気づけば、カズキは畳の上に座っていた。
まるで、土間から畳の上へ瞬間移動したみたいだった。
その時、3人ともなんとなくこの奇妙な現象の法則性が理解できたのだと思う。
小屋に対して、強い衝撃を与えようとすると、その衝撃を与えようとしたものが、違う位置に移動するのだ。
タカノリが投げた石も、投げた方向とは全然違う位置に落ちているのが見つかった。
それからはこの奇妙な現象を利用して遊び始めた。
小屋の中で転ぶと、自分の位置が瞬間移動する。
転んだ衝撃も痛みもほとんどなく。
3人はこれを繰り返していった。
不思議な感覚だった。
何か、この場所だけ空間が歪んでいて、その歪みによって自分たちは移動させられているような、そんな奇妙な感覚だった。
その瞬間移動を使って遊び始めて、どれくらい経った頃か、小屋の外から変な音が聞こえた。
カン、カン、カン
何かを叩く音だった。
その音は、一定のリズムで鳴っていた。
カン、カン、カン
木と木を打ち鳴らしているような音だった。
なんだろう、と3人で顔を見合わせ、小屋の窓から外を覗いてみた。
しかし、音の主はどこにも見当たらない。小屋のすぐ近くで鳴っているように聞こえるのに。
そして、その木の音と一緒に
おーい
という声も聞こえてきた。
大人の男の声に聞こえた。
カン、カン、カン
というリズムの間に
おーい
と聞こえるのだ。
だが、外には誰もいない。
誰か、大人が自分たちを探しにきたのだろうか、私達はそんなことをコソコソと話して、外の音に聞き耳をたてていた。
カン、カン、カン
という音も、
おーい
という声もだんだんとこちらに近づいているように聞こえた。
その異様な音への恐怖よりは、見つかったらこっぴどく叱られるかもしれないということへの恐怖が大きかったように思う。
そして突然、タケノリが「逃げよう!」と言って畳の上から駆け出した。
私とカズキも続いたが、目の前にいたタケノリが土間に下りた瞬間、ぱっと消えてしまった。
そして次の瞬間、後ろからタケノリの苦しそうなうめき声が聞こえた。
土間に下りたはずのタケノリは、畳の上に倒れ込んでいた。
そして、右足を押さえてうずくまっている。
私とカズキが恐る恐る近づくと、私達はあっと声をあげた。
タケノリの押さえている右足からは、大量の血が溢れている。そして、足首から先が無くなってしまっているのだ。
私は、この家の歪んだ空間に、タケノリの足が削り取られてしまったのだと、妙に冷静に一人合点した。
タケノリは苦しそうに呻いているが、こうしている間にも、あの奇妙な音と声が近づいてくる。
カン、カン、カン
おーい
とにかく逃げなければ、そう思った私はシャツを脱いで、タケノリの右足を覆うように巻き付けた。
そして、タケノリをなんとか立ち上がらせると、両手を私とカズキの肩に回させた。
タケノリの体は重かったが、なんとか二人で支えられそうだった。
音と声は変わらず聞こえていたが、できるだけ冷静に、あまり大きな衝撃を与えないように小屋の中を移動して外に出た。
それからは必死にもと来た道を引き返した。
何度もこけて体を擦りむいたが、とにかく逃げなければと、先を無我夢中で急いだ。
道は険しかったが、なんとか神社のある中腹の地点にたどり着くことができた。
あの奇妙な音と声はもう聞こえていなかったが、いつまで聞こえていたかもわからない。
だが、大量の出血からか、タケノリはぐったりとしていた。
神社の表へ出ると、偶然参拝に来ていた家族連れがいたため、怪我をした友達がいることを話して、救急車を呼んでもらった。
酷い出血だったが、タケノリは一命をとりとめた。
右足は、刃物で切られたというよりは、強い力で削り取られたような奇妙な傷だったらしく、医者も首を捻っていたらしい。
当然私たちはこっぴどく叱られた。
無断で山に入ったこともだが、これだけの大怪我をしてしまうくらい危ない遊びをしていたと思われたのだろう。
あの小屋であったことを話しても、大人たちは何も信じてくれなかった。
まあ、大人からすれば、子どもが必死に悪事を誤魔化そうとしているようにしか見えなかっただろうから、今となってはしょうがないと思う。
それ以来、あの山には近づいていない。
大人たちに聞いても、あの山の中にそんな小屋などあるはずがないと言われるから、次第にあの小屋のことが夢だったのではないかと思ってしまう。
けどこの間の忘年会でカズキとタケノリと再開した時、あれは夢なんかじゃない、たしかに自分たちの身に起こった現実だったんだと思い知らされた。
そうじゃなければ、3人で細部まで合致した記憶を語り合うなんてできない。
そして、右足を引きずって歩くタケノリの弱々しい姿は、それだけであの小屋にあった不可思議な空間の歪みを思い起こさせた。
そして、はっきりと記憶の中で鳴り響いているあの音と声。
カン、カン、カン
おーい
山で不思議な小屋を見つけたときは近寄らない方がいいかもしれない。
その場所がもし歪んでいると、取り返しのつかないことになるから。
歪んだ場所 @aikawa_kennosuke
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