第27話 災害

 地震が起きてから一時間後。

「くる」

 この町にある〝希望の丘〟は震災での津波被害を受けて設立されたもの。津波の影響を最も受けた場所。

 だから分かる。

「一階はダメだ! 二階以上うえの階に行け!」

 そうは言っても中には車椅子の方もいるというのに。

 僕は車椅子ごと持ち上げると、二階に運び入れる。

「あんちゃん。すごい力だな」

「言っている暇があったらけが人や病人の手伝いを」

「おう」

 地震でボロボロになった建物に津波が直撃すれば被害は予測できない。

 中学校の二階にある机や椅子を運び出し、土嚢を積み上げ、津波対策を行う。

 力仕事だが、僕には神から与えられた力がある。

 その力を利用しない手はない。

 もしかしたらこのために与えられたのかもしれない。

 本当のところは分からない。

 でも僕はまだやり遂げていない。

 まだ何も成し遂げていない。

 すべては間違いだった。苛烈ないじめへの執着。固執。

 それこそが間違いだった。

 いじめてきた連中の顔を、覚えていても仕方ない。

 奴らの呪いを大切にするよりも、彼女らの願いを大切にしたい。

 だから僕は生きる。まだ応えを聴いていない。

 犬星。

 彼女はどこに避難したのだろう。紗菜も。

 でも僕は今は頑張れる。

 そして償う。

 まだほんの少ししか会話したことがなかったけど、それでも彼女らは魔林とは違う。竹林とも違う。

 僕にはまだ彼女らに報いなくてはならない。

 誰も報いてくれない。報われる人もいない――なら、僕が報いる。

 救いとは何か。まだ分からないが、僕にできるのなら、する。

 すべての矛盾を抱えて。

 無知で、バカだった僕はもうそうではないのだと気がついた。

 知らなかった。こんなにも世界は輝いてみえるのだと。

 知らなかった。こんなにも優しさが溢れていると。

 僕がバカにしてきた奴らと同じように。目を見ようとしていなかった。心を響かせていなかった。

 だが、今僕はここにいる。

 ここで生きている。

 もう復讐はやめだ。

 この腹の底に眠っているも、僕の力でコントロールする。

 何もないわけじゃない。

 これも復讐のあり方なのかもしれない。

 魔林や竹林の言いなりになんてならない。

 僕が自殺すれば彼らは喜ぶだろう。バカにしただろう。

 だからこそ、僕は生きる。

 彼らにとらわれていては生きていけない。

 あいつらの思惑通りにはならない。

 だから僕は違う道を選ぶ。

 いじめには屈しない。麻薬にも、彼の意思にも屈しない。

 死ぬ気で頑張れば、一つの命くらいは救える。

 人を救える。

 これからも、これまでも。

 だから自分の意思で選ぶ。

 みんなが納得するような形で。

 僕はみんなに生かされたから。

 天沢も、犬星も、紗菜も。

 みんな僕を助けようとしてくれた。たぶん、そうなのだろう。

 分からない。

 自分勝手な解釈かもしれない。

 でもそれを聴くまで死ねない。

 僕を助けてくれる人がいる限り。


 震災二日目。

 寒さで目を開ける。

 中学校はガラス窓が大きいせいか、熱が逃げやすい。

 低体温症で亡くなる人もいると聴く。

 五月の頃あいだが、朝は冷え込む。

 僕は知らない人の雑魚寝を終えると、すぐに外をみる。

 津波が押し寄せたのか、校庭には黒いヘドロがたまり、異臭を放っている。

「終わりだ。もうやってはいけない」

「大丈夫。まだ手立てはある」

 僕は男性に呼びかける。

「なにが分かる! 家も倒壊した、作物も育たねー! これでどうやって生きていくのさ!」

 農家らしい彼は涙目で訴える。

 確かにこの状況を見たら未来なんて見えてこないのかもしれない。

 最初から頼る気満々だと思われるかもしれない。

 でも――。

「自衛隊やボランティアが手伝ってくれますよ。政府もそうバカじゃないでしょ」

 弱者を切り捨てれば、政府は叩かれる。

 弱者を見捨てれば、反撃が起こる。

 マイノリティの怒りを、その反抗を歴史から学べる。

 良い政府の上に、一揆などの反乱は起きない。

 昔も今も同じように思う人がいて、すべての罪悪を抱え込んで。

 それでも良き未来につながると信じて身をして生きてきた。

 僕らもその子孫なのだ。その血は脈々と受け継がれている。

 人の未来は人が作るものだろう。

 人は弱くて不完全で、だから託すんだ。託されて歩き続けるんだ。

 その道がどんなに辛くても、弱くても。

 だから生きていられる。思いを託していける。

 みんなの命が数珠つなぎになって、心が響き合えば、きっと報われる。

 たくさんの人を笑顔にできる。

 倒さなければならない敵は、僕たちの心の中にいる。

 僕たちはそれと、立ち向かわなければならない。

 今までしてきたことは全部無駄だった?

 いいや違う。

 過去があるから未来を望むんだ。だから生きていける。だから未来を作れる。作っていける。

 生きる意味があるのだから。

「生きろ。そのための闘いを」

 僕はその農家に告げると、二階から飛び降りる。

「なっ!?」

 農家が驚いていると、僕はジャンプをし近くの防災センターへ向かう。

 ジャンプを繰り返していては、みんなにバレてしまう。

 光の膜で身体を消し、防災センターの屋上に着く。

 そこから階段で降り、生存者確認の紙を探す。

 ここにはいない。

 僕は次の防災センターへ向かう。小高い丘にある公民館だ。そこにも名前はない。

 紗菜と犬星はどこに行ったんだ?

 探しても探しても見つからない。

 僕はまだ生きている。生きている意味を問う。その必要がある。

 魔林の妹なら――。

 傍観者としての彼女なら――。

 その問いに答えられるだろう。

 様々な思惑が交差する世界だからこそ、僕は救える。

 いじめで泣いてきたのは僕だけじゃない。いや〝いじめ〟というのもやめるべきだ。ただの犯罪だ。

 その犯罪を認めて言い訳がない。

 学校内だからといって警察が介入しないなんておかしい。

 裁判所も、子どもの意見を受け入れない。

 おかしいことだらけだ。

 それなら、僕が一石を投じる。

 問題決起だ。

 そうでなければ死んでも死にきれん。

 自分たちのことしか考えていないインスティントには任せておけない。

 質量保存の法則がある限り、増えすぎた人類を受け止めるだけの資材や食料、エネルギーが必要になる。加えて人、一人あたりの文明が進めば、消費されるそれらも増えるに決まっている。

 となれば、地球が持たない時がくるのだ。

 なら人口を減らすか、土地を確保するしかないのだ。

 人口を減らすため、一人っ子政策をした国もあった。だが、それは失敗に終わった。人の減った農家は男の子をほしがり、そのために人身売買が行われたのだ。

 なら土地を増やすしかない。幸いにも宇宙という土地がたくさんある。

 資材や食料を確保するだけの土地が。

 そしてエネルギーは太陽がある。ソーラー発電を主にすればエネルギー問題も解決できる。

 問題は宇宙に行くだけのエネルギーが必要とのこと。これからを考えるなら、コストパフォーマンスの高い宇宙エレベーターは必須になるだろう。

 そこまで考えてふと思う。

 なぜみんなこのことを考えないのだろう。

 みんな自分の食い扶持を稼ぐのに必死で周りを見ようとしない。

 みんな自分勝手に生きる。だから前に進めない。

 何も変わらない。復讐からは。

 レオの仇討ちも。

 そんなことを繰り返していたら、世界はどんどんおかしくなっていく。

 前にすら進めずに。

 探し終え、僕は父と兄が避難している小学校に向かう。

 兄は顔を伏せ、父はげっそりとしている。陰りが見える。

 雨が上がり、久しぶりの快晴が見える。

 と、そこで犬星と紗菜と出会う。

「八神くん」「八神先輩」

 犬星は目を輝かせる。

 紗菜は後ろめたそうに呟く。

 そんな僕らの後ろで父と兄が居心地の悪そうな顔をする。

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